vol.17 東京六大学、神宮球場の「某席」から

柳本 元晴 Yanamoto Motoharu
フリー・スポーツ・ジャーナリスト
立教大学卒業/週刊ベースボール元編集長

広島県出身。1982年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。週刊ベースボール編集部にて、プロ野球、アマチュア野球などを中心に編集記者を務める。91年に水泳専門誌(スイミング・マガジン)の編集長に就任。92年バルセロナ、96年アトランタ五輪を現地にて取材。98年、創刊されたワールド・サッカーマガジン誌の初代編集長を務めたのち、99年3月から約10年間にわたって週刊ベースボール編集長を務める。2014年1月に(株)ベースボール・マガジン社を退社。フリーとしての活動を始める。2012年からは東京六大学野球連盟の公式記録員を務めている。

快進撃に、今さらながらだが『母校愛』に目覚めた?


 ドラフト会議が終わり、日本シリーズも終わり、そういえば、日本シリーズの決着がついた日の朝は、MLBのワールドシリーズも、第7戦が行われ、青木が所属するKCロイヤルズを破ってSFジャイアンツが優勝した。
 この後、久しぶりに日米野球が開催されるが、「プロ野球2014」の“イベント”はほぼ、すべて終わったと言っていい多だろう。
 しかし、「プロ」を省いた「野球界」の仕事は終わっていなかった。
 プロフィールにも書いてある通り、私は3年前から東京六大学野球の公式記録員を務めている。公式記録員の仕事がよくわからないという人のために、簡単に説明すると、試合中のスコアをつけ、記録を整理、打球に対してヒットやエラーなどの判定をする仕事である。もちろん、細かいことを言えば、それだけでなく、いろいろあるのだけれど、紙数が足らないので、それはまたの機会に。(興味がある方がいらっしゃれば、連絡をください)

 東京六大学の記録員は、各大学から一人ずつ、その任に就くわけだが、3年目ともなると、さすがに無用な緊張というのはなくなる。しかし、一球たりとも見逃すことができないわけで、「緊張」はなくても、「緊張感」は持ち続けているつもりだ。元ベーマガ編集長のコラム
 時々、ふと思うのは、こんなに真剣に野球を見ることはなかったなあ、と。選手としては真剣な思いでプレーしていたと思うが、見る立場に代わってからは、例えば、見逃してしまうシーンがっても、テレビではスロー再生してくれるし、そんなに目を凝らしてプレーを見ているということはなかったからだ。
 私の出身は立教大ではあるが、実は「硬式野球部」の出身ではない。所属は「準硬式野球部」で、公式記録員の話を大学側からいただいた時も、「野球部OBではないけれど、いいんですか」と聞き直したくらいだ。
 30年以上も前のことではあるが、学生時代、実は神宮球場で立大の試合を見たことはなかった。最大の理由は「準硬式」の六大学リーグ戦が、ほぼ「硬式」と同じスケジュールで行われていたこと。見に行く時間がなかったのである。
 会社に入った際に、週刊ベースボール編集部に配属になり、一時期はアマチュア野球の担当もしていた関係で、社会人となって、神宮での立大の試合を見に行く機会も増えたが、それとて、特に立大というのはなく、「六大学の野球」を見に行ったときに、たまたま立大が試合をやっていたにすぎない。
 いわば、どこか冷めた目で「母校」の試合を見ていたのも事実、それも長い間…。
 ただ3年間、神宮球場に通い、東京六大学の選手たちのプレーを見ていると、自然に情が深まってくるのも事実。加えて、このところ上位にいながらも、あと一歩で優勝に届かないというシーズンを続けていることもあって。なんとなくだが、勝たせてあげたいな、という気持ちが高まってきたところもある。ついつい、立大に肩入れしている自分を、自分で「こんな人間だったかなあ」と、再認識しているところもある。
 そして、今シーズンの立大である。なんと開幕から7連勝。優勝争いのトップに躍り出た。優勝すれば15年ぶりのことである。早大に勝ち点を落としたものの、最後の明大戦で勝点を上げれば、優勝というチャンスが巡ってきた。

「あと1勝」から遠かった、「たった1勝」


野球のまち その初戦は、大阪桐蔭高時代、阪神で活躍中の藤浪の控え投手だった、エースの澤田圭が、毎回のピンチをしのぎきって先勝。いよいよ、優勝まで「あと1勝」に迫った。
 公式記録員は原則、自らの出身大学の試合には席に着かないのが原則。それは母校に手心を加えないよう、私心が混じらないようにという配慮からそうなっている。だからというわけではないが、自分が同日行われるもう一つの試合の記録担当でもなければ、立大の試合を見ることはない。
 しかし「あと1勝」で優勝と聞くと、やはりその瞬間を見たくもなる。記録員としての仕事とは関係なく、神宮球場の控えの席で試合を観戦することにした。
 結果はご存知の方も多いと思うが、「あと1勝」から1分け2敗。明大に勝点を譲り、15年ぶりの優勝はなくなった。

 翌週の早慶戦で、早慶のどちらかが連勝すれば優勝、1勝1敗となったら明大が優勝というスリリングな展開となり、その早慶戦を先勝した早稲田だったが、2回戦は慶大の意地の前に惜敗。明大に優勝を許す格好になった。
 公式記録員という立場ではあまり、試合の評論、解説するのは好ましくないと思うので、長々とした感想を書くのは控えるが、あえて、一言だけ言うなら、選手層の厚さ、特に投手陣の2番手以下の差が結果に出たように思う。
 今年のドラフトで、オリックスから1位指名を受けた山崎投手は、今季1勝に終わったが、3年生の上原、柳両投手が3勝を挙げるなど、投手陣の充実ぶりが際立っていた。
 ドラフト関連で言うなら、ドラフト1位で4球団の競合の末、北海道日本ハムに決まった早大の有原投手と、同じく千葉ロッテから1位指名を受けた中村選手の早大勢だが、特に有原投手は痛めた肘の不安が最後まで拭われることがなかったし、中村選手も打撃不振。特に優勝が懸かった一戦で3三振を喫するなど、「中村が打っていれば…」と思わせるシーンも少なくなかっただけに、大いに不安である。
 六大学の仕事に携わることになって、母校・立大のみならず、出身の選手たちには、次なる世界で頑張ってほしいものだと思っているが、彼ら、東京六大学に属し、ドラフト1位指名を受けた選手たちが、そろって不振のまま、リーグを“卒業”するのが、不安を募らせる。
 年が明け、環境が変わった時、そんな私の不安が杞憂に終わることを、念じている。東京六大学に関わったものの一人として。

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