vol.18 名優・高倉健さんの死去

柳本 元晴 Yanamoto Motoharu
フリー・スポーツ・ジャーナリスト
立教大学卒業/週刊ベースボール元編集長

広島県出身。1982年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。週刊ベースボール編集部にて、プロ野球、アマチュア野球などを中心に編集記者を務める。91年に水泳専門誌(スイミング・マガジン)の編集長に就任。92年バルセロナ、96年アトランタ五輪を現地にて取材。98年、創刊されたワールド・サッカーマガジン誌の初代編集長を務めたのち、99年3月から約10年間にわたって週刊ベースボール編集長を務める。2014年1月に(株)ベースボール・マガジン社を退社。フリーとしての活動を始める。2012年からは東京六大学野球連盟の公式記録員を務めている。

男らしさとはなにか、を演じて見せた健さん


 日本を代表する名優、高倉健さんがなくなっていたことが11月18日、明らかになった。「悪性のリンパ腫」、83歳の天国への旅立ちだった。
 近年の映画ファンの方々にとっては、「幸福の黄色いハンカチ」、「鉄道員」、「あなたへ」などの名作で、「渋い、寡黙な訳あり男性」を演じているイメージが強いと思う。
「男たるもの、ごちゃごちゃ言わず、黙って仕事をしっかりとこなせ」、不言実行…といった昔ながらの理想的な「男像」を表現してきたのが高倉健さんだった。
 亡くなられてから、さまざまな報道がされているが、ちょっとほっとしたのは、健さんのあまり語られることのなかったプライベートの時間では、意外に能弁だったという話。
 正直、長い時間黙っていることの方が苦手な私などは、ずっと昔から、よく「男は口数が少ない方が格好いい」、「よくしゃべる男は軽く見える」などと、チクチク言われてきたからだ。それはきっと私だけではないはず。多くの人が「理想の男性像」、「憧れの男性像」として、高倉健さんの名前を挙げていたのは、おそらく、私のように、周りの人から「文句を言わずに、さっさと仕事しなさい」などと、大なり小なり、言ってきた、あるいは言われてきたからだと思う。
 開き直りではないが、実際私がこれまで身を置いてきた職場では、“無口”はむしろNGだ。取材相手に話を聞く際に、当然『無口』ではいられない。

開き直りではないが、実際私がこれまで身を置いてきた職場では、“無口”はむしろNGだ。取材相手に話を聞く際に、当然『無口』ではいられない。いかに分かりやすく、いかにポイントをついた質問で、取材対象から話を聞き出すか、それがテクニックであり、人が知らない話を聞き出す“術”だったり。大袈裟な、と批判されるかもしれないけれど、それくらいの気持ちでやってきたわけで、「寡黙で渋い」人間像とは、おそらく対極にいたはずだ。
 私的には、9年間編集長を務めた水泳専門誌の時代。ある著名な水泳選手の取材で、担当コーチから、「取材に来てやってくれませんか」と頼まれたことが、ちょっとした自慢。そのコーチから、「うちの選手は、私に本音をしゃべってくれない。あなたには、いろいろ話をしているようだから、ぜひ、話を聞いて、私にも、何をしゃべったのか、何を考えているのか、教えてくれないか」という相談を受けたことがあった。
 これこそ、取材者冥利に尽きる。と勝手に思ってきたのである。かってな思い込みかもしれないが、こういう部分は、自己満足でOK、誰に批判されるようなものではないはずだ。

ヤクザ映画からスタートした健さんは野球映画にも出演していた


 高倉健が俳優として、世に名を成さしめたのは、近年のそういう「寡黙で渋い男」としてではない。昭和30年代に東映(ついでに言っておくと、当時は東映も球団を持っていた。今の北海道日本ハムの前身。当時は「東映フライヤーズ」を名乗っていた)で作られた人気シリーズの「任侠もの」、誤解を恐れずに言えば、ヤクザ映画である。そのヤクザ映画路線の集大成も言える映画が「仁義なき戦い」。たしかに事実であるところも多いが、この映画のおかげ(?)で、故郷の広島には「ヤクザが多い」、「ヤクザが使う言語は広島弁」という偏見が作り上げられた。
 実際、広島に住んでいる人にとっては、ありがたいことなど何もなかったはずだが、古き良き時代、それもありなんだろうなと思う。
 ところで、名優・高倉健さんは実は野球映画の主役を務めたことがある。アメリカ、ユニバーサル映画、日本では1993年に配信された「ミスター・ベースボール」である。
 MLBのスター選手が晩年、助っ人として日本に移籍。中日ドラゴンズでプレー、球団内外で起こる様々な出来事を面白おかしく表現したもの。実際に中日ドラゴンズの当時の本拠地球場だったナゴヤ球場を使用し、ユニフォームも中日のもの。相手チームも、例えば広島東洋カープなど、当時使用していたユニフォームのまま、俳優たちが演じている。
 健さんはそこで、中日ドラゴンズの監督。現役時代にスター選手だったこと、風貌など、イメージで言えば、長嶋茂雄さんと星野仙一さんを足して2で割ったような監督像だったと思う。
『ミスター・ベースボール』に限らず、世に野球を題材にした映画は数ある。自分が野球をやってきたせいもあるのだろうが、ストーリーはさておき、俳優の皆さんのプレーはやはり、プロのそれとは見劣りする。いかに特写を使い、迫力ある画像を出そうとしても、実際のプロ選手と比較してみてしまう私にとっては、かえって滑稽に見えることも少なくない。
 そういう先入観があるため、実はあまり野球映画を見ないのであるが、そんな私でも、この「ミスター・ベースボール」は見た。
 そこでも高倉健さんは、強烈な存在感を見せていた。それは今でも、強く印象に残っている。
 高倉健さんのご冥福をお祈りいたします。
合掌。

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