vol.27 変化球は“変わる”。まがりだけでなく、時代とともに・・・

_コラム

柳本 元晴 Yanamoto Motoharu
フリー・スポーツ・ジャーナリスト
立教大学卒業/週刊ベースボール元編集長

広島県出身。1982年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。週刊ベースボール編集部にて、プロ野球、アマチュア野球などを中心に編集記者を務める。91年に水泳専門誌(スイミング・マガジン)の編集長に就任。92年バルセロナ、96年アトランタ五輪を現地にて取材。98年、創刊されたワールド・サッカーマガジン誌の初代編集長を務めたのち、99年3月から約10年間にわたって週刊ベースボール編集長を務める。2014年1月に(株)ベースボール・マガジン社を退社。フリーとしての活動を始める。2012年からは東京六大学野球連盟の公式記録員を務めている。

黒田がオープン戦初登板で打者を驚かせた「メジャー流の変化球」


話題の黒田博樹(広島)が8日、オープン戦に初登板。東京ヤクルト打線を5回途中まで、打者13人をパーフェクトに抑える出色の内容だった。
心配された、日本のいわゆる統一球とメジャーのボールの違いに苦しむのではないかという不安も、どうやら杞憂に終わりそうだ。もちろん、今の東京ヤクルトにとって、最も頼りになる山田と高井が出場していないという“ハンデ”はあったとしても、打者13人をパーフェクトというのは、思っていた以上の好内容。緒方監督がやや興奮気味に「さすが黒田」と口にしたのも、その気持ちは分かる。
その投球で相手打者を驚かせたのが“フロントドア”と呼ばれるボールだった。
具体的に書くと、ツーシーム(シュート系、投げ方によってはやや沈むボールとなる)で左打者のインコースのきわどいコースをつき、打者が腰を引いたところでボールはシュート気味に曲がり、ストライクゾーンに入ってくるという変化球だ。
日本のボールは、メジャーのそれと比べて縫い目でできる“ヤマ”が低く、空気抵抗が少ないため、メジャーほどのボールの変化は期待できないのでは? という声が上がっていた。
8年前、日本にいた時とは異なり、ツーシーム、スプリットを主武器にメジャーで実績を残してきた黒田にとっては、再び大きな投球スタイルの変化を余儀なくされて、苦しむようなことはないかと案じていたのだが、そんな不安も一気に払拭してくれた。
さすがというほかはない。

周囲の声や感想は、試合後当日、翌日のテレビ、新聞などに、これでもか、と言いたくなるくらい紹介されているので、ここではこれ以上触れまい。
と言っても、こんな短い文では、手を抜くなと叱られそうだから、黒田が使い分けている変化球について、ちょっと付け足したい。
例えば今回の黒田のようなフロントドアが、相手打者を驚かせた大きな理由は、日本ではシュートをそのように使う投手が少なかったからである。

変化球の使い方には“スタンダード”が存在する

変化球の多くには、言ってみれば“スタンダード”な使い方が存在する。右腕投手のシュートは、右打者に対しては打者の胸元、足元に食い込むように投げ込む。つまらせて、時にはバットをへし折る、これが原則、そしてうまく行った時の快感はハンパない(バットを折った時の快感は最高)。
左打者に対しても同様のコースに当時、打者から逃げていく、打ちにくいボールとなる。
スライダーは、右打者のアウトコースに、打者から逃げていくボールとして投げていくのがスタンダードで、コントロールミスして外に持って行ききれなかった時は、しばしば痛打を浴びるボールとなるのである。
そういう投手の“スタンダード”は、打者にとっても“スタンダード”であり、頭の中には「黒田はフロントドアを使う」と聞いてはいても、実際に打席に入って対戦してみると、思っていた以上に曲がりが大きく、対応が難しかったということなのだろうと思う。
裏を返せば、そういうボールにきちんと対応できるかどうかが、一流と二流を分けるカギという気がしないでもない。
野球用語は、そのすべてと言っていいが、アメリカで生まれた語が、日本に「輸入」されてくるのであるが、確かに「インスラ(インコースのスライダー)」というよりも、バックドア、フロントドアと呼んだ方がカッコいいかなと思う。
「カットボール(カッター)」も、「小さなスライダー」と呼ぶよりは、オシャレに見える。
ただ、一つ言えることは、その昔、スライダーを武器にしていた投手が投げていたボールの多くが、今で言うカットボール。曲がりの小さなものだったこと。

今は亡き、稲尾和久さんや、黒田にとってカープの先輩である北別府学さんとか、過去の一流投手の中でも、「スライダーの名手」と言っていい二人の投手から話を聞いたことがあって、お二人は一様に「スライダーは打たせて取るボール。曲がりが大きすぎると、かえって効果がない」ということを言われていた。
稲尾さんは「オレのスライダーは、もともと“ナチュラル”スライダー。アウトコースにストレートを投げるとスライドし、インコースに投げるとシュートした。それを意識して使いこなせるようになったのは、入団して4年目くらいからじゃないか」と言っていた。つまり、ストレートにごくごく近い曲がり、ほんの少し“滑る”程度の変化だったわけだ。
北別府さんも「自分のスライダーの曲りはボール半個分。本の少しずらすだけなのがいい。それで強めの打球の内野ゴロを打たせることができる。ゲッツーを狙いにはそんなスライダーが効果的だった」と言う。
今主流の大きな変化のスライダーがだめと言っているわけではなく、そういう意識を持って、「カットボール」と「スライダー」を使い分けることができるならば、「なお、いい」ということだろう。それに加えて、コースまでを自由に扱えるとしたら、それは投球の幅を大いに広げることにつながる。
 そんな意味でも、今年の黒田の投球内容に、改めて注目してみてみたい。それこそ、「メジャーの技」を。

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