【緩急自在】vol.6「野球は言葉のスポーツ」

飯島 智則 Iijima Tomonori
日刊スポーツ記者

1969年(昭44)横浜市生まれ。93年に日刊スポーツ新聞社に入社。96年から野球担当になり、98年は38年ぶりの日本一に輝いた横浜(現DeNA)を担当。00年には巨人担当としてONシリーズなども取材した。03年から2年間は大リーグ担当として松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当として球界再編騒動後の諸問題を取材した。11年から7年間、野球デスクとしての内勤を経て、17年末から再び現場取材を始めた。ネットで「イップスって何?」「引退後の世界」を連載。ベースボールマガジンでもコラム「魂の活字野球学」を連載している。


今回は野球の本について取り上げます。私は野球好きである上に、20年以上もの間、野球担当記者として過ごしてきました。野球に関連する書籍を読むのは、趣味でもあり仕事でもあります。たくさんの本を読んできました。

それぞれの本に魅力がありますから、甲乙をつけるつもりはありません。あくまで私の個人的な好みとして、本を紹介させてもらいます。

今回は「野球は言葉のスポーツ」(伊東一雄、馬立勝著=中公文庫)。

もう何十回…いや、何百回読んだか分かりません。これは私にとってバイブルといってもいい1冊です。著者の伊東一雄さんといえば「パンチョ」の愛称で親しまれ、多数のテレビにも出演していたのでご存じの方も多いと思います。パ・リーグ広報部長として、ドラフト会議の司会進行役を務めていました。

「第1回選択希望選手 読売………桑田真澄 読売 桑田真澄 17歳 投手 PL学園高校」

あれは伊東さんの声です。ドラフト会議の名場面を振り返るとき、欠かせない名司会だと思います。伊東さんは大リーグに精通しており、人脈、知識ともに第一人者といえる存在でした。著書「メジャーリーグこそ我が人生」(産経新聞社)も私の本棚に並んでいます。残念ながら2002年にお亡くなりになっています。

もう1人の著書、馬立勝さんは報知新聞社の記者からプロ野球のコミッショナー事務局に転身されました。法規部長として野球協約を管理、整備していました。私は球界再編騒動が起きた2004年の終盤からコミッショナー事務局の担当記者を務めたので、馬立さんはよく取材させてもらいました。

さて、「野球は言葉のスポーツ」がどのような本か理解してもらうために、あとがきを引用します。

『野球は言葉のスポーツだ、とアメリカの野球記者はしばしば語っている。ほかのスポーツでは考えられない洒落たやりとりや痛烈な皮肉、寸鉄人を刺す格言やユーモラスな言葉の飛び交う宝庫だという』

『グラウンドでの働きばかりでなく、こうしたスマートなコメントができなければスターと見なされないのが大リーグなのだ』

『野球が豊かな言葉のスポーツになった理由はなぜだろう。多くの人が、野球は他のスポーツと違って時間に規制されていないことを指摘する』

つまり、大リーグにかかわる「言葉」をテーマとする本です。野球に関するさまざまなコメントを紹介し、その背景を解説するというスタイルで進んでいきます。

私が気に入っている言葉をいくつか紹介しましょう。

規則はおれが作る。しかし、おれがその規則に従うとは限らない。
ヤンキース監督当時のビリー・マーチン

野球とは失敗のスポーツだ。最高のバッターでもおよそ六十五%は失敗する。
左腕投手で史上最高の三六三勝をあげたウォーレン・スパーン

そうだな、あんたみたいにこつこつ当てていけば打率六割は打てそうだ。だが、おれの給料はホームランを打つことで払われているんでね。
大リーグ記録の終身打率三割六分七厘を持つ安打製造器タイ・カッブ外野手とかわしたルースの会話から

考えて打てだと。無理をいうな。二つのことが同時にできるものか。
ヤンキースの強打の名捕手ヨギ・ベラ

好かれようと嫌われようと気にしない。ただ、望むのは人間として扱ってほしいということだけだ。
新人時代のジャッキー・ロビンソン

「記者席(プレスボックス)から」という章もあります。ここに気になる言葉が載っています。

この世で一番みじめなのは、年をとった野球記者だ。
野球記者出身の作家リング・ラードナー

ラードナーはシカゴ・トリビューンなどで野球記者として人気を博しました。その頃、シカゴ・ホワイトソックスで八百長事件が起きました。いわゆる「ブラックソックス・スキャンダル」です。ラードナーは事件をすべて見届けた記者でした。本書には「八人の追放選手は、すべて彼の仲間であった」とあります。野球に裏切られ、野球から離れていったそうです。こうした背景が、先の発言につながっているのかもしれません。

わが家には、同事件を取り上げた映画「エイトメン・アウト」のビデオテープがあります。これは本書の著者である馬立さんに頂いたものです。コミッショナー事務局の記者室で、よく大リーグの話を聞かせてもらいました。ラードナーの話もしました。この映画にはラードナー役も登場します。「興味があるなら」と、自宅から持ってきてくれました。

確かに野球記者は、若者向きの職業かもしれません。グラウンドで活躍する選手は、常に若返っていきます。

私は1969年生まれで、同い年の選手といえば、立浪和義さん、野村弘樹さん、伊良部秀輝さん、田口壮さん、若田部健一さん、盛田幸妃さんらです。もう現役選手はいません。

1歳下でよく取材させてもらった谷繁元信さんが、長く現役で活躍しました。彼が2015年限りで現役選手を引退したときに、我々の時代は終わったのかなと感じた覚えがあります。もちろんベテランらしく野球を分析したり、大局からの視点で興味深い記事を書いている方はたくさんいらっしゃいます。決して若者だけの職ではありません。

ただ、長く活躍されている方は特別な存在なのかなと思います。私のような取りえもない記者にとっては、若い頃の取材活動が懐かしくなるばかりです。八百長事件を取材したラードナーとは重みが違いますが…

さて、日本でも「野球は言葉のスポーツ」になっているでしょうか。長嶋茂雄さんはコメントの達人でしたね。監督時代も「メークドラマ」「国民的行事」「ロケットスタート」などと、次々に流行語を生み出してくれました。

イチロー選手も味のある言葉が多々ありました。東日本大震災が起きた直後、楽天嶋基宏捕手が「見せましょう、野球の底力を」と口にしたときは、言葉の力を強く感じました。

最近では日本ハム清宮幸太郎選手が、言葉を選んでコメントしているように感じます。彼にはバットでの活躍のみならず、言葉にも期待しています。

なお、今回紹介した本の「あとがき」には次のような記載があります。

『資料は系統だってあげるべきものはない(中略)互いに見聞きしたことを新聞記事、雑誌、書籍などで確認したりした。といって事実に厳格には固執しなかった。野球はマラマッドのいうように、のんびりとした神話の世界であるべきだからだ』

つまり伝説の類いも入っているようです。そこがまた、私が本書を好きな理由でもあります。

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