イップスで悩んでいる方はいませんか?
イップスとは「これまでできていた動作が突然できなくなってしまう」という現象で、もともとはゴルフ界で使われていた言葉です。現在ではスポーツに限らず、音楽や仕事など広い世界で使われています。今年1月、10年ぶりに改訂された岩波新書の「広辞苑」にも、新語として入りました。
ゴルフだとパターの時に震えが出たり、クラブを振り上げられないなどの現象があります。野球では投げる際にボールが手から離れない、テークバックの際に腕が動いてくれない。遠くには投げられるが、短い距離だと体が動かないなどの症状があります。ひどくなると、投げる際に腕が頭に当たってしまうケースもあるようです。
私は今年、イップスをテーマに取材を続けました。日刊スポーツのホームページ「ニッカンコム」で30回の連載をし、それを加筆修正して書籍にしました。「イップスは治る!」(洋泉社=税抜き価格1400円)というタイトルで12月3日から販売されます。
イップスをテーマに選んだ理由は少年野球でした。プロ野球を取材している頃からイップスの選手は見てきました。ただ、彼らは職業ですから重圧も相当なものです。それに押しつぶされた結果だと安易に考えていました。しかし、定期的に少年野球を観戦する機会ができ、次第に「不思議な投げ方をする子が多いな」と感じるようになりました。指導者に聞くと「小学生でもイップスになる子は多い」と言うので、驚きました。楽しいはずの少年野球でイップスとは……。その頃からイップスは私の脳裏に深く刻まれるようになりました。
取材しようと決めた契機は元横浜高校監督、渡辺元智さんとの雑談でした。昨年、愛甲猛さんの高校時代を振り返るという連載を担当した際、取材させていただきました。愛甲さんの話を終えた後、渡辺さんが「今後は各地の少年野球を回っていきたい」と話してくれたとき、私は小学生のイップスに驚いたと口にしました。すると渡辺さんは「指導の問題もあるのではないかな。私は全体的に教えすぎの印象がある。指導者も熱心だからこそでしょうが、難しく教えすぎると動作が狂ってしまうのかもしれません」と話してくれました。
この言葉を聞いた瞬間、私は連載のアイデアが浮かびました。イップスという現象や治療法、体験談だけでなく、指導の問題まで取材すれば広がっていくと感じました。実際に取材を進めていくと、イップスはいかに選手を悩ませているかが伝わってきました。思うように投げられず、しかし、誰にも相談できずに苦しんでいる選手がいました。もう治らないものだと競技をあきらめてしまう選手もいました。人知れず悩んでいる選手や指導者に少しでもヒントを与えたい。そう思いながら取材し、原稿を書きました。
イップスに陥る原因はさまざまです。大事な場面で犯したミスであったり、指導者や先輩からの叱責、強い責任感で自分を追い込んでしまう人もいます。「ちょっと投げるのが怖い」と感じる程度なら、誰でも経験があるのではないでしょう。ただ、その後の対処によって大きく差が出てしまいます。その違和感をなくすために熱心に練習を重ね過ぎると、ますます動作が狂っていくケースが多いようです。つまり、イップスに陥る選手を「精神的に弱い」と決めつけることはできません。人間ならば誰にでもイップスに陥る可能性があります。
今回取材に協力してもらったイップス研究所(横浜市)の河野昭典所長の言葉を紹介します。
「イップスは恥ずかしいことではありません。隠す必要なんてありません。風邪をひいたら熱やせき、鼻水が出るでしょう。それと同じで体が発しているサインなんですよ。環境なのか、投球フォームなのか…理由は個々で違いますが、何かに無理が出ている。そのサインなんです」
ちなみに私の書籍名と矛盾してしまいますが、河野所長はイップスを「治す」ではなく「克服する」と言います。イップスを否定するのではなく、さらに成長するために乗り越えていく壁だと考えているからです。
たくさんの方に話を聞きました。本書に出てくる方を一部紹介しましょう。
・トレーニングサポート研究所の松尾明氏
・ベースボール・コーチングアカデミー校長の寺澤恒さん
・横浜DeNAベイスターズ事業本部 野球振興・スクール事業部 鈴木尚典さん
(97、98年のセ・リーグ首位打者)
・慶応高校野球部の元監督、上田誠さん
・東京農業大学野球部・樋越勉監督
・元日本ハムなどで投手だった松浦宏明さん(88年パ・リーグ最多勝)
・元横浜(DeNA)監督、侍ジャパン投手コーチなどの権藤博さん
・ソフトバンク武田翔太投手
・元巨人などの投手、小野仁さん
・元ヤクルトなどの投手、増渕竜義さん
・元ソフトバンク投手、巽真悟さん
・元横浜で外野手の中根仁さん
・ソフトバンク小川一夫2軍監督
皆さん、気付きましたか。本サイト「アスリート街ドットコム」を運営する中根仁さんも登場します。中根さんもイップスに悩んでいたそうです。私はベイスターズの担当記者でしたが、まったく気付きませんでした。
そして、インターネット連載を愛読してくださっていた元ヤンキースの松井秀喜さんが推薦文を書いてくれました。
「イップスになってしまうのは、メンタルが弱いからではない! 壁を乗り越えるためのヒントが本書には書かれている」
松井さん自身はまったくイップス経験はありませんが、悩む選手は数多く見てきたそうです。また、松井さんはメンタル面を大切にプレーしてきただけに、私の原稿に興味を持ってくれました。
本書にも書きましたが、乗り越え方は個々で違います。「こうすれば治る」といった一つの答えは書いていません。イップスを正しく理解し、立ち向かうためのヒントになってくれればと願います。
スポーツ選手たちよ、イップスなんかに負けるな!
それが私の願いです。興味ある方に読んでいただければ幸いです。
◆本書はアマゾンでも購入できます。
http://amzn.asia/d/556NRom
飯島 智則 Iijima Tomonori
日刊スポーツ記者
1969年(昭44)横浜市生まれ。93年に日刊スポーツ新聞社に入社。96年から野球担当になり、98年は38年ぶりの日本一に輝いた横浜(現DeNA)を担当。00年には巨人担当としてONシリーズなども取材した。03年から2年間は大リーグ担当として松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当として球界再編騒動後の諸問題を取材し、11年から7年間、野球デスクを務めた。現在ベースボールマガジンでコラム「魂の活字野球学」を連載している。共著に小学生向けの「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」(旺文社)。18年12月には著書「イップスは治る!」(洋泉社)を出版。