【緩急自在】vol.15「質問型コミュニケーション」

 「質問型コミュニケーション」を知っていますか。質問を繰り返していき、相手の本音を引き出し、思い、考えを明確にしていく方法です。以前にコラムで紹介したイップスを取材していく中で知ったものですが、なかなか興味深いので取り上げたいと思います。

 コミュニケーションとは「意思疎通」と訳していいでしょう。疎通とは本来「互いに理解しあう」ものです。しかし、どうも一方的になってしまう場合が多いのではないでしょうか。上司と部下、指導者と選手のように優位性が明確な関係だと、特に一方通行になってしまいがちです。私は相手の地位には左右されませんが、自分の意見をマシンガンのごとく繰り出していくタイプです。相手の意見を聞き出せない…取材する者として最悪の欠点かもしれません。それだけに質問型のコミュニケーションが心に残りました。

 一般社団法人質問型コミュニケーション協会の本部講師を務める、質問型コンサルタントの林俊一さんに話を聞きました。

 「いろいろな方に聞くと、多くの方がコミュニケーションは大切だと感じているようです。しかし、苦手意識を持っている人がほとんどです。ただ、コミュニケーションはなんとなく身につけているだけで、あらためて学んだり、教わったりする機会はありません。だから、うまくいかないのは当然です。少しアドバイスを受け練習するだけで誰もが大きく変わりますよ」

 林さんは、まずコミュニケーションを大きく2つに分けました。普段は企業の営業職や管理職の方々などに講義していますが、今回はスポーツの現場に例えてもらっています。

❶指導者と選手など、相手とのコミュニケーション。

❷自分自身とのコミュニケーション、つまり自己対話。

 「どちらも同じですが、行動という事実ではなく『どう考え、どう感じ、思っているか、どうしたいのか』を引き出していきます。結果を出そうと焦って行動ばかりに焦点を当てるのではなく、心の声に目を向けます。なぜなら人間には『思った通りにしか動かない』という習性…感じる→思う→考える→行動→結果という行動原則があるからです」

 これを踏まえて、相手の本音、自分の本音を引き出すために質問を繰り返していくわけです。❶で具体例を出してもらいます。ちなみに林さんは元高校球児で大学でも体育会で野球をやっていました。体罰もしごきもあり、指導者や先輩には絶対に逆らえない時代のスポーツを経験しています。

 「私が野球をしていた頃は完全な上意下達でした。しかし、時代は変わっています。指導者であっても一方的なコミュニケーションでは選手やチームは成長できないでしょう。ロールプレーイングで説明します」

【従来の一方的な例】
指導者
指導者

おい、○○。お前ちゃんと練習やっているのか?

選手
選手

はい。

指導者
指導者

オレが教えたことを守っているか?

選手
選手

はい。

指導者
指導者

しっかりやれよ。オレの言う通り練習して、体に染みこませないと成長しないぞ。

選手
選手

はい。

指導者
指導者

お前、本当にちゃんとやらないと試合で使ってやらないぞ。

選手
選手

はい、頑張ります…

【質問型の例】
指導者
指導者

○○、練習やっているか?

選手
選手

はい。

指導者
指導者

そうか。○○、練習は大事だと思うか?

選手
選手

はい。

指導者
指導者

なるほど、なぜ大事だと思う?

選手
選手

練習することで、できなかったことが少しずつできるようになりますし、それによって自信も生まれてきますから。

指導者
指導者

そうだよな。例えば、どんなことができるようになるだろうか?

選手
選手

どんな場面でも自分の意図したボールを投げられるようになる、コントロールをしっかり磨いていけるとかでしょうか。

指導者
指導者

おお、いいじゃないか! じゃあ、そのためにはどんな練習をしたらいいと思う?

選手
選手

実際の試合の場面を想定しながらやってみるのがいいと思います。

指導者
指導者

それはいいな、どんな場面を想定しているんだ?

選手
選手

僕は立ち上がりが悪いので、まずは練習の入り方を大切にしています。

指導者
指導者

なるほど。どうして、そう思ったんだ?

選手
選手

試合序盤に打たれることが多いので、そこを克服したいと思いました。

指導者
指導者

どんな工夫をしているの?

選手
選手

ウォーミングアップの時間を長くして体を入念にほぐしています。あとは、ブルペンで投げる最初の1球から相手を想定するよう心がけています。

指導者
指導者

そうか。それが克服できたら、どんなピッチャーになれそうだ?

選手
選手

野手に信頼される投手になれます。今はリリーフが主だけど、先発にも挑戦したいと思っています。

指導者
指導者

いいじゃないか!ということはお前にとって練習とはどんなもの?

選手
選手

絶対必要ですし、自分の夢を実現する最も大事なことです!

指導者
指導者

そうだな。しっかり練習して、立ち上がりがよくなれば先発もいけるし、お前だったらきっといいピッチャーになれる!今の練習もいい方法だと思うから続けていきなさい。あとは多くのアスリートの成功例からも野球ノートをつけるといいと思うよ。調子を崩したときに参考になると思う。どうかな?

選手
選手

いいと思うので早速やってみます!

林さんは、質問には3つのキーワードがあるといいます。 ❶なぜ?(動機、理由、原因を探る)、❷例えば?(話が広がっていく)、❸ということは?(相手にまとめてもらう)。また、指導者側に提案があれば、選手の思い考えを吐き出させた上で、最後に付け加えた方がいいそうです。最初に考えを伝えてしまうと、相手が答えてくれなくなります。

「指導者側の主張を押しつけるのではなく、質問を重ねることで相手に自ら考えをまとめてもらいます。すると心の中にあった思いが強く、明確になっていくはずです。そうすると自発的に意欲を持って動けるようになります。自己対話でも同じで、自分自身に問いかけて心の声を引き出していく。人は思った通りにしか動かないからこそ、思い考えを明確にしていくと動けるものです。一方、人から言われ動くのでは、納得値が低いし、意欲も弱く、結果が出ないと責任転嫁をしてしましがちですから、指導者と選手の信頼関係は築けなくなりますね」

 選手役を務めた方も「前者は『はい』しか言えないけど、質問型だと具体的なイメージが沸きます。自分の思い考えが言葉に出てくるし、課題が明確になるので『そこに取り組もう』と思えます」と話していました。

 営業などの仕事でも、つい売りたい製品のアピールをしがちです。しかし、林さんは質問型を勧めます。

 「例えばパソコンの営業をするとします。買ってもらうというゴールに向かって話すのではなく、お客様が今どんな状況にあるのか。何に困っているのか。どうなりたいのかを聞き出します。そのための解決策がパソコンを買うことであればいい。そういう考え方と具体的なやり方、方法が質問型なのです」

 また、好意や共感を持って質問をすること、声のトーンやスピード、表情も意識した方がいいとアドバイスをしてくれました。確かにドスをきかせたような声で早口にまくしたてたら、相手は答えにくいでしょう。

 近年、スポーツ界でも指導者や先輩によるパワーハラスメントが表面化しています。かつては体罰も伴い、それが当然の時代もありました。しかし、今も同じやり方は通用しません。指導者も変わっていく必要があります。どう変わっていくかという課題は個々で違いますが、質問型コミュニケーションは大きなヒントになるのではないでしょうか。私も実践してみたいと思います。

<質問型コミュニケーションの問い合わせ先>
 
◆質問型コミュニケーション協会◆
【URL】https://shitsumongata.com/ 【電話】0120-426-109
 
◆(株)リアライズ◆
【URL】https://e-realize.jp/ 【電話】0120-415-639 
※どちらも受付時間は平日の午前9時から午後6時(土日祝休み)

飯島 智則 Iijima Tomonori
日刊スポーツ記者

1969年(昭44)横浜市生まれ。93年に日刊スポーツ新聞社に入社。96年から野球担当になり、98年は38年ぶりの日本一に輝いた横浜(現DeNA)を担当。00年には巨人担当としてONシリーズなども取材した。03年から2年間は大リーグ担当として松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当として球界再編騒動後の諸問題を取材し、11年から7年間、野球デスクを務めた。現在ベースボールマガジンでコラム「魂の活字野球学」を連載している。共著に小学生向けの「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」(旺文社)。18年12月には著書「イップスは治る!」(洋泉社)を出版。

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