【緩急自在】vol.18「長く輝いたボンバー引退」

 サッカー元日本代表、横浜FマリノスのDF中沢佑二さん(40)が引退を発表しました。私は主に野球担当の記者でしたが、2009年から2年弱だけサッカーを担当しています。短期間とあり思い出は少ないですが、中沢選手は忘れられない選手です。

 日本代表として2006年ドイツ・ワールドカップ(W杯)、10年南アフリカW杯など、歴代6位タイの国際Aマッチ110試合に出場しました。Jリーグでは13年7月から18年8月にかけて、フィールド選手では最長となる178試合連続フル出場を記録しています。通算593試合も歴代3位です。長期にわたって第一線で活躍した名プレーヤーでした。

 思い出すのはオフ期間の09年2月、オフの五輪招致イベントに参加した日です。交通の便が悪い郊外で行われたため、私はマイカーで取材に行きました。渋滞を避けるため早朝に自宅を出たため、開始時間より2時間以上も早く着いてしまいました。当然ながら誰もいないだろう…と思っていたら、中沢さんが走る姿が見えました。峠道を早いペースで走っていました。真冬というのに汗ぐっしょりでした。

 3日前に日本代表のW杯予選を戦ったばかりで、翌日からはマリノスの練習開始でした。つかの間の休みというのに、かなり根を詰めて走っていました。私は邪魔をしないように最初は知らん振りをしていました。しかし、車内で寝ている私の前を彼は何度も通り過ぎます。必死な姿を横目で見ているうちに眠気が覚めてしまいました。私は車外に出て彼が練習する姿を眺めていました。練習を終えたとき、少し話をしました。2人きりで話すのは初めてでした。

 「今日はイベントが終わったら練習する時間がないので、朝のうちに走っておこうと思ったんですよ」

 完全な休養日をつくらない方針だと説明してくれました。

 「完全に休むと精神的な疲れは取れるかもしれないけど、身体的には違うんですよ。ローパワー・トレーニングやランニングをした方がいいんです。実際、体は切れています」

 アルコールは一切口にせず、食事にも揚げ物の衣を取るなど気を配り、夜も8時、9時には寝てしまうそうです。徹底した自己管理、自分に厳しい姿勢など、長期にわたって活躍できる要因が垣間見えました。彼が冗談交じりに言ったセリフが忘れられません。

 「引退したらラーメンを食べたいです。油こってりの大盛り。体のコンディションを考えなくてもよくなったらね」

 南アW杯後は1度も会っていないので、その後もラーメン抜きの生活をしていたのか、実際に引退してラーメンを食べたのかは分かりません。私のイメージで言うと、彼は今でもストイックにトレーニングをしているような気がしてなりません。

 埼玉・三郷工技術高校では無名でしたが、プロになると固く決意していたといいます。卒業後はブラジルに留学し、1998年にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)に練習生として入りました。何としてもプロになるため必死に食らいつき、翌99年にプロ契約を結びます。この年に新人王を取り、栄光の道を歩み始めます。マリノスへ移籍してからはリーグ優勝にも貢献し、2004年には日本人のDFとしては初のMVPにも輝きました。元々のエリートではなく、はい上がったところも私には深い印象が残る選手でした。さびしい気もしますが、本当にお疲れさまでしたと伝えたいです。

 さて、中沢選手が引退を発表した3日後の1月11日午前11時11分。横浜FCのFWカズ(三浦知良)選手の契約更新が発表されました。日時は背番号11にちなんでいます。2月26日で52歳。もちろんJリーグ最年長です。一体、何歳まで続くのでしょうか。中沢選手、カズ選手とも自らを律して選手として長く活躍しています。タイプは違っても共通する部分があるように思います。

 私は長く続けるという記録にとても心を奪われます。プロである以上、長期にわたって活躍するという要素は非常に重要だと思います。

 プロ野球の最年長記録は中日エースとして活躍した山本昌さんの50歳です。49歳まで勝ち星を挙げるなど、最後まで戦力となっていました。ドラフト5位で入り、当初はそれほど期待されていた選手ではありません。ドジャースに留学してアイク生原さんから低めへの制球や、生活習慣などの指導を受け、人生が変わったといいます。もともと体が強かったとはいえ、やはり心も強くなければ32年もの間、一線で活躍できません。

 サッカー、野球といった競技に限らず、スポーツで長く活躍するのは大変です。年齢とともに体は衰え、けがやスランプなどで気力を失ってしまう時期もあるでしょう。ライバルはどんどん若返っていきます。心身ともに強靱(きょうじん)でなければやっていけません。

 山本昌さんの在籍32年。工藤公康さん、山本昌さん、中嶋聡さんの実働29年。谷繁元信さんの3021試合出場、野村克也さんの1万1970打席。衣笠祥雄さんの2215試合連続出場。長期にわたる活躍は、さまざまな壁を乗り越えた証しだと思います。

 谷繁さんが野球少年にアドバイスするシーンを何度か見ましたが、必ず同じセリフを口にしていました。

「何でもいい。毎日何かをやる習慣をつけなさい。簡単なことでもいいよ。どんな簡単なことでも毎日やるって大変なこと。もしできれば大きな力になるよ」

 張り切って毎日素振り300回など無理な目標を定めても続きません。でも、50回、30回と少なくすれば毎日続くでしょうか。雨の日もあれば、暑い日も寒い日もあります。友達から遊びに誘われる日も、夜遅くまでゲームに熱中してしまう日もあるでしょう。それでも毎日続けたとしたら、きっと大きく成長できるはずです。毎日続ける。谷繁さんがプロで長年活躍できた一因のように思います。

 Jリーグもプロ野球もキャンプインが近づいてきました。新たに登場する若い選手に目を奪われがちですが、コツコツと長く続けているベテランにも注目していきたいと思います。彼らの生きざまには人生のヒントが数多く隠されているような気がします。

飯島 智則 Iijima Tomonori
日刊スポーツ記者

1969年(昭44)横浜市生まれ。93年に日刊スポーツ新聞社に入社。96年から野球担当になり、98年は38年ぶりの日本一に輝いた横浜(現DeNA)を担当。00年には巨人担当としてONシリーズなども取材した。03年から2年間は大リーグ担当として松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当として球界再編騒動後の諸問題を取材し、11年から7年間、野球デスクを務めた。現在ベースボールマガジンでコラム「魂の活字野球学」を連載している。共著に小学生向けの「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」(旺文社)。18年12月には著書「イップスは治る!」(洋泉社)を出版。

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