【緩急自在】vol.21「病気に立ち向かう勇気を!」


 苦しい体験をしたからこそ優しくなれる人がいます。元Jリーガーの杉山新さん(38)もそうです。病気の子どもに対する思いを聞きながら、私は涙が出そうになりました。

 2月18日、さいたま市のクラーク記念国際高校さいたまキャンパスに行きました。杉山さんが高校1、2年生に向けて講演をすると聞いたからです。杉山さんとは面識がありませんでしたが、彼のサポートをしている方が知人とあり、その活動には注目してきました。いつか会いたいと思い続けていました。

 杉山さんはJリーガーとして軌道に乗り始めた2003年11月、1型糖尿病を発症しました。ヴァンフォーレ甲府に所属している時期でした。風邪だと思っていた体調不良が長引き、検査を受けたところ予期せぬ診断を受けました。

 1度は戦力外通告を受けましたが、クラブと交渉を重ねてテスト生としてチャンスを得ました。そして3カ月で再契約を勝ち取りました。以後も病気と闘いながらJリーガーとして2015年まで活躍しました。

 さて、皆様は1型糖尿病を知っているでしょうか。糖尿病というと、一般的には食生活や運動不足による生活習慣病が思い浮かぶでしょう。しかし、それは2型になります。1型は突然発症してしまう自己免疫疾患であり、予防が困難とされています。子どもが発症してしまうケースも多いようです。

 講演会の前後、控室で杉山さんと話をしました。彼は昨年「1型糖尿病ドリームチャレンジ実行委員会」を立ち上げました。代表となって、自身と同じ病気に苦しむ子どもを応援したり、病気に関する啓発活動をする任意団体です。杉山さんは言っていました。

 「まだ病気に対する誤解があると思うんです。不摂生が原因ではないし、インスリンの注射は必要だけど、きちんと対応すればスポーツでも何でもできます。周りが理解してあげるだけで、まったく違います。病気に立ち向かえる」

 杉山さんは発症以来、血糖値の計測やインスリンの注射を続けています。講演でも黒いポーチから血糖値の簡易計測器を取り出し、計測をしてみせました。

 1型糖尿病の子どもたちも同じように注射をしなければなりません。学校の給食前、友達が見ているところで注射をするのは大きなストレスでしょう。トイレに隠れて注射をする子もいるとのことです。学校の先生が注射を怖がり、保健室へ行くよう促すケースもあるといいます。注射をやめてしまい、命を落とした子どももいたそうです。病気だけでなく、周囲の視線とも闘わなくてはなりません。そんな小学生の心境を想像すると心が痛みます。

 杉山さんは2017年、1型糖尿病の子どもたちをスペインへ連れて行きました。同じ病気を抱えながら世界屈指の強豪クラブ、レアル・マドリードで活躍するDFナチョ・フェルナンデス選手のプレーを見せたかったからです。費用はクラウドファンディングで集めました。

 ナチョに会える保証もないまま渡航しましたが、試合前に対面もかないました。試合では、ナチョが先制ゴールを決め、スタンドに向かって両手でハートマークをつくりました。その先に杉山さんと子どもたちがいました。病気と闘う子どもたちへのメッセージだったのでしょう。

 5人の子どもたちは全員が初めての海外旅行だったそうです。しかも両親も同行しない初対面のメンバーとの旅行です。緊張たっぷりの旅だったでしょう。しかし、スタンドでは大声を張り上げてナチョに声援を送っていたそうです。

 「すごい大きな声を出して応援していました。こんな声を出すんだなと驚いた。ほんの数日の旅行だったけど、みんな行く時と帰りでは雰囲気が違うと感じましたよ」

 杉山さんの活動をサポートするスポーツキャリア・プロデューサーの善福克枝さんが、子どもたちの後日談を教えてくれました。善福さんは1型糖尿病ドリームチャレンジ実行委員会で副代表を務め、スペインにも同行しています。渡航までの交渉や準備でも先頭に立っていました。

 「帰国後、自分からインスリンの量を気にするようになった子もいます。それまではお母さんから指示していたのに、自分から『これぐらいでいいかな』と聞いてくるようになったそうです。病気に向き合う気持ちになってくれたのかなと思います」

 これを聞いた杉山さんが、うなずきながら言いました。

 「自分だけじゃないって思えたんじゃないかな。そうであれば、うれしいですね」

 病気を抱えた子どもたちのスペイン渡航、レアル戦の観戦、ナチョとの対面…すべての手はずが大変だったそうです。体調を崩さないよう医師ら専門家による万全のサポート態勢を取りました。そしてレアル・マドリード日本公認サポーターズクラブの助けを借りながら、レアル・マドリード財団との直接交渉をしたそうです。交渉は難航しましたが、粘り続けた結果、試合前日にナチョへの面会が決まりました。杉山さんは、この旅を振り返って言います。

 「実際に行くまではいろいろあって大変でした。心ない言葉をかけられたこともあります。でも、子どもたちや協力してくれたスタッフの笑顔を見たら吹き飛びました」

 心ない言葉とは? そう聞くと杉山さんは笑うだけでした。代わりに善福さんが教えてくれました。

 「いろいろあります。『こんな緊急性のない病気に金を払うヤツなんていない』『病気になるなんて自己責任じゃないの』『売名行為じゃないの』『親が金を払って行かせろよ』などです。杉山さんが言われた後しばらく黙っていたものもあります。後から聞いて、私の方が腹が立って、悔しくて、逆になだめられたりしました」

 善福さんはなかなか熱い人です。実は、今回の取材は彼女を通じての縁です。私は20年ほど前、あるプロ野球選手の存在をきっかけに彼女と知り合いました。それについては語れば長くなるので、またの機会に記事にしたいと思います。

 杉山さんは決して口数が多いタイプではありません。講演会のように大勢の人の前で話すのは苦手だといいます。それでもトライしているのは、同じ病気に苦しむ人、子どもに希望を与えたい。病気に対する誤解をなくしていきたい。そういう思いがあるからです。

 1型糖尿病ドリームチャレンジ実行委員会では、スマートフォンなどにつけるグリップ&スタンドを税込み価格1500円で販売しています。売り上げの一部は活動に、それ以外は1型糖尿病の根治研究のために寄付しています。

 さらにクラウドファンディングを利用してのナチョ応援ツアーを、今年も開催する計画もあるとのことです。ナチョは昨年のロシア・ワールドカップ(W杯)でもスペイン代表として活躍しました。杉山さんはうれしい半面、ちょっと心配もあるそうです。

 「そんなに活躍しないでよと思う。だって、あまりにすごい選手になったら、もう会えなくなっちゃうから」

 都内の高校サッカー部でコーチをしながら、病気の子どもに夢を与えています。杉山さんの笑顔は、何とも魅力的に見えました。

飯島 智則 Iijima Tomonori
日刊スポーツ記者

1969年(昭44)横浜市生まれ。93年に日刊スポーツ新聞社に入社。96年から野球担当になり、98年は38年ぶりの日本一に輝いた横浜(現DeNA)を担当。00年には巨人担当としてONシリーズなども取材した。03年から2年間は大リーグ担当として松井秀喜選手に密着。05年からはNPB担当として球界再編騒動後の諸問題を取材し、11年から7年間、野球デスクを務めた。現在ベースボールマガジンでコラム「魂の活字野球学」を連載している。共著に小学生向けの「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」(旺文社)。18年12月には著書「イップスは治る!」(洋泉社)を出版。

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