普段から競馬を熱心にやる人間ではないが、これからしばらくは「クロワデュノール」を追いかけることになるだろう。
6月1日、東京競馬場で行われた第92回日本ダービーで北村友一(38歳)騎乗の13番クロワデュノールが完璧なレース運びで3歳馬の頂点に立った。
競馬中継でパドックを見た解説者がよく言う。
「この馬は非常に落ち着いていますね」
あるいは「テンションが少し高いですね」等々。
今までは、こうした馬の内面を語る言葉がどうもうまく理解できなかったのだが、クロワデュノールの様子を見ていると本当に落ち着いているのが伝わってきた。
こうしたこの馬の雰囲気をNHKで解説をしていた安田翔伍調教師が「きっとお利口な馬なんだと思います」と言っていたが、本当にそうしたクレバーさが漂っていた。
そしてその落ち着きは、合図がかかって北村騎手が騎乗してもまったく変わることはなかった。
皐月賞では6番ミュージアムマイルに敗れて2着になっていたが、この日は単勝「2.1倍」の1番人気になっていた。
問題はスタートと道中の位置取りと言われていたが、これもクロワデュノールは分かっていたのだろう。終始、先頭グループで前を見ながら冷静に走っていた。
北村騎手がインタビューで作戦的なことに言及したのは次の一言だけだった。
「ずっと馬と人馬一体になれていたような気がして、余計なことをしなくても馬が良いリズムで走ってくれていました」
北村騎手は、2021年5月2日に大ケガを負った。
背骨を8本折り、騎手生活も危ういのではないかと心配された。
ベッドから起き上がれるようになるだけでも2か月もかかった。
筋肉は落ち、51キロの体重も46キロになった。
そこから復帰まで1年を要したが、かつての輝きを取り戻すまでにはさらに時間がかかった。
去年の暮れのホープフルステークスで久々にG1優勝を果たし、この時のインタビューでは思わず涙があふれた。
大ケガを乗り越えてたどり着いたダービーでの優勝。そんな北村騎手にインタビュアーが心境を尋ねると、彼は言葉を絞り出すようにしてこう答えた。
「一言では言い表せないので、難しいんですけど、ここに至るまでの過程にすべて意味があったんだなということを感じています。こうしてすべてめぐり合わせで勝たせていただいて、こうしてクロワデュノールと縁があったこと、全部つながっているんだなと思っています」
そして北村騎手はこうも言った。
「僕の思いは一点だけです。馬を信じること、自分を信じること、信じるということだけです」
クロワデュノールにも、「信じているよ」という騎手の思いが伝わっていたのだろう。
「僕がダービージョッキーということよりも、クロワデュノールがダービー馬になれたことが嬉しいですし、そこに最高のエスコートができたことが一番よかったなと思います」
こんな話を聞くと、もう応援しないわけにはいかなくなってしまった。
クロワデュノールと北村友一、しばらくはこのコンビを追いかけます。
令和の断面