
■制度導入の狙いと仕組み
日本高校野球連盟が2026年の公式戦からDH制を導入することを決定し、各都道府県高野連への勉強会で具体的なルールの説明が行われた。投手の負担軽減と選手の出場機会創出を目的としたこの改革は、来春の第98回選抜高校野球大会から適用される。降板した先発投手が打撃を続けられる「大谷ルール」の採用も含め、高校野球の新たな時代の幕開けとなる。伝統を重んじながらも時代に即した改革に踏み切った高野連の決断は、高く評価されるべきだろう。
DH制導入の最大の目的は、投手の負担軽減にある。近年、猛暑の中での連投や打撃・走塁による体力消耗が問題視されており、熱中症対策としての側面も強い。また、守備は苦手でも打撃に優れた選手に出場機会を与えることで、より多くの選手が活躍できる場を創出する狙いもある。
注目すべきは「大谷ルール」の適用だ。これにより、投手とDHを兼任して先発した選手が降板後もDHとして打席に立ち続けることが可能になる。「エースで4番」という高校野球の伝統的な価値観を尊重しながら、投手の負担を軽減できる点は画期的といえる。新しいことに挑戦する姿勢は、高校野球の未来を見据えた重要な一歩だ。
重要なのは、DH制の採用が試合ごとにチームの選択制である点だ。従来通り投手が打席に立つことも可能で、各チームの戦略や選手層に応じた柔軟な対応が求められる。この柔軟性こそ、高野連が慎重に制度設計を行った証といえる。
事前に勉強会を開き、ルールの周知徹底を図る姿勢は高く評価できる。オーダー表の書き方から、投手兼DHが途中で兼任を解いた場合の想定ケースまで、細かく確認することで混乱を防ごうとする配慮が見て取れる。こうした丁寧な準備こそが、新制度の円滑な導入には不可欠だ。
一方で、制度導入にあたって検討すべき点もある。有力選手を多数集められる私立校は、投手専任・打者専任での育成が可能になり、より戦力を充実させられる。部員数の限られた公立校では、主力投手が打撃でも中心選手であるケースが多く、DH制の活用方法が異なってくる可能性がある。
また、高校で専任制が定着すれば、中学生以下の選手たちは早い段階で投手か野手かの選択を意識することになるかもしれない。ただし、これは必ずしもマイナス面ばかりではない。各選手が自分の長所を伸ばす方向性が明確になり、より専門的な育成が可能になるという見方もできる。
選手層によって「大谷ルール」の活用度合いが変わることも想定される。リリーフ投手を専任で用意できるチームの方が、このルールを戦略的に使いやすいだろう。ただし、これも各チームの創意工夫次第で、新たな戦術が生まれる可能性を秘めている。
変化がもたらす新たな可能性
多くの関係者が期待するのが、DH制導入を契機とした、より包括的な環境整備だ。近年の猛暑は選手だけでなく、審判員や応援団にも影響を与えている。開催時期の見直しやドーム球場の活用など、暑さ対策のさらなる充実が求められる。選手の安全を最優先に考えるならば、こうした対策は急務といえる。
DH制導入により選手の役割が多様化するのであれば、ベンチ入り人数の増加も前向きに検討する価値があるだろう。より多くの選手に機会を与えられれば、制度の目的である「出場機会の創出」がさらに実現される。
部員数の二極化が進む現状では、DH制の恩恵を受けられるチームが限定的になる可能性も指摘されている。しかし、これは制度そのものの欠陥ではなく、高校野球全体が抱える構造的な課題だ。DH制導入をきっかけに、より広い視野で高校野球の環境改善を進めていく必要がある。
数年後、出場機会を求めた有力選手の進路選択にも変化が生まれるかもしれない。選手が自分の特性を活かせる環境を求めて高校を選ぶようになれば、現在とは異なる勢力図が生まれる可能性もある。一時的な調整期間を経て、高校野球の新たな魅力が開花することも期待できる。
高校野球は常に時代とともに変化してきた。金属バットの導入、延長戦のタイブレーク制、球数制限の議論など、その時々の課題に向き合いながら進化を続けてきた。DH制導入もその歴史の一部となるだろう。
重要なのは、導入後の状況を注視し、必要に応じて制度を修正していく柔軟性だ。完璧な制度というものは存在しない。実際に運用してみて初めて見えてくる課題もあるはずだ。そうした課題に真摯に向き合い、改善を重ねていくことこそが、本当の意味での改革といえる。
高野連が前向きに舵を切ったこの改革を、選手たちのために真に有益なものとするため、現場の声に耳を傾けながら、より良い高校野球の環境を作り上げていくことが求められている。新しい挑戦には勇気が必要だ。伝統と革新のバランスを取りながら、選手第一の視点で改革を進めようとする高野連の姿勢を、私たちは温かく見守り、支えていきたい。
楢崎 豊(NARASAKI YUTAKA)

