令和の断面

vol.287 ジブチとケニアについて

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     新年1回目の原稿は、アフリカ視察からの報告です。
    
     1月5日に成田空港を発ってジプチとケニアに行ってきた。いずれもODA(政府開発援助)に関する調査視察である。
     視察先は、学校や病院、港湾や湾岸警備隊、そして自衛隊拠点などで、本コラムで扱うスポーツは今回見ることができなかったが、幸いジプチで訪れた学校では体育の授業を見学することができた。
    
     そもそもODAでの支援は、道路や港湾、学校や病院など社会インフラに限られており、スポーツそのものを応援する仕組みにはなっていない。ただ、ODAの支援を一元的に行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の中には人材派遣(海外協力隊)を通じての援助もあり、ケニアではサッカーの指導をしている人やデフスポーツ(聴覚障がい者)の活動を応援している人にも会うことができた。
    
     そんな中で特に印象に残ったのは、ジプチに建設された二つの学校だ。
     ひとつは1995年に作られた「hukuzawa」と名付けられた学校。
     もうひとつは、2023年に完成した「nitobe」という学校だ。
     いずれも小学校と中学校が一緒になった一貫校である。
    
     もうお分かりのように「hukuzawa」は福澤諭吉、「nitobe」は新渡戸稲造がその名前の由来である。
     スピーチを求められた私は、「学問のすすめ」を通じて日本の近代化に貢献した福沢諭吉について、そして「武士道」を書いて日本の伝統精神をまとめた新渡戸稲造について話をし、このふたりの日本人についても是非学んでほしいと述べた。
     そしてうれしいことに私は、福澤諭吉が創設した慶応義塾大学の卒業生であることを合わせて伝えさせてもらった。
    
     今回は「nitobe」を訪問させてもらったが、全校生徒2600人が学ぶ大きな学校だった。
     ここでは中学生のバスケットボールの授業を見せてもらったが、みんながドリブルからのシュートに挑戦していた。アシスタントとして日本人の教員の方が手伝っていたが、この学校には3人の日本人が勤務しているとのことだった。
    
     ジプチは世界一暑い国として知られている。
     何と夏には、摂氏70度を超える気温を記録したことがあるのだ。
     我々が訪れた時は30度ほどの気温で、一年で一番良い時期に来たと言われた。
     街のいたるところでは、子どもたちが裸足でサッカーをやっている光景を見かけたが、気温が40度、50度になる夏は、スポーツどころではない。今はバスケットボールやハンドボールが盛んだと聞いたが、それも室内競技だからだろう。
    
     ケニアについても少し触れておこう。
     ケニアと言えば、何と言っても世界的な中長距離のランナーを数多く輩出しているが、これには生理学的な、あるいは科学的な理由があるようだ。
     優秀なランナーが生まれるケニアだが、そのランナーたちの聖地と言われるのがケニア西部のエルドレッド郡だ。ここは標高が2000メートル以上ある山岳地帯で、何をやっても高地トレーニング的な効果がある。しかも地形的にアップダウンも多く、強いランナーを育てるには絶好の環境が整っているのだ。
    
     我々が訪れた首都ナイロビでも標高が2400メートルもあるため、赤道直下のアフリカでありながらも、高原的気候で比較的涼しいのだ。そのため一年中トレーニングを続けることができる。
     ケニアの選手にとっては、日本の夏が暑すぎて苦手だというのは、思いもよらなかった。
    
     今回の視察をスポーツ的観点で整理すれば、どんな過酷な地域でも人々はスポーツをたのしみ、またその地域の特長を生かしながらスポーツと向き合っているのだ。
    
     そう考えると、私たちの国「日本」は、四季があってさまざまなスポーツに取り組むことができる。北から南までできないスポーツがないほど、あらゆるスポーツを楽しむことができる。
     まさにスポーツにとっては楽園のような国だ。
    
     私たちは、こうした環境に感謝して、もっともっとスポーツの持つ機能を社会の中で活かすことができるはずだ。
    
     今回の視察でアフリカを知ることは、私たちの恵まれた環境を知ることでもあった。
     日本は本当に豊かな国である。
    
    
    

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