【令和の断面】vol.7「サインを盗まれても成長の糧に 大谷翔平」

令和の断面


「サインを盗まれても成長の糧に 大谷翔平」

アメリカから届いた大谷翔平の「サイン盗み」に関するコメントを知って、改めて彼のスケールの大きさとアスリートのあるべき姿を見た。

このオフ、アメリカ・メジャーリーグでは、大変な不祥事が発覚した。
ここ数年、快進撃を続けていたヒューストン・アストロズが、相手捕手のサインを盗んで、その球種をバッターに教えていたというのだ。メジャーリーグが行った関係者への調査によるとどうやら2017年シーズンから始まっていたらしい。この間、ワールドシリーズを制覇し世界一にもなっているアストロズだが、すべての栄冠が疑惑の勝利になってしまった。

アストロズの手法は、センターから精度の高いテレビカメラで捕手のサインを覗き、その映像をダッグアウトのモニターに映して、ベンチからゴミ箱を叩いたり、口笛を吹いたりして打者に球種を教えていたらしい。テレビ放送の中継画面を使って同様のことをやっていたという話もある。
そして、このサイン盗みの餌食になった投手として、大谷翔平やダルビッシュ有、田中将大の名前が挙がっているのだ。

この件を記者に聞かれた大谷は、次のように答えている。

 「う~ん、いいことではないと思いますけどね。カメラを使ってしまうと、同じ状況下の試合ではないので、アンフェアになってしまう」

「なんで打たれたかが、サインを盗まれていたからじゃないかって片付けてしまったら、個人的にはもったいないと思う。使われていたとしても抑えられる何かは必ずあると思う」

(21日付け日刊スポーツ)

このコメントに私が感心するポイントが2つある。
ひとつは、サインを盗まれようが、それでも打たれない投手を大谷がイメージしていることだ。

「抑えられる何かは必ずあると思う」

ここに大谷のすごさと目指す投手像が見えてくる。
ストレートであれば、分かっていても伸びてきて差し込まれてしまうボール。
変化球であれば、想定していたよりもさらに鋭く大きな変化を生むボール。
ツーシームであれば、その動きが毎回微妙に違うボール。
大谷が投手として投げたいボールは、そうやって打者を最後まで苦しめるボール。つまり彼は、姑息な駆け引きを越えて、打者を球威と変化で圧倒したいのだ。

もうひとつのポイントは、まったく敵をつくらない配慮の利いたコメント力だ。
打たれたことが「サイン盗みのせいだ」と言えば、スケールの小さな選手になってしまう。関係した球団関係者や選手を糾弾しても、その人たちに家族もいればファンもいる。大谷も立場でその是非に言及しても、下手をすれば多くの敵をつくることになってしまう。相手の罪を責めるより、自分がどうすべきかを述べることで彼のアスリートとしての真摯な態度が浮き彫りになってくる。
こういう事態で個人としてコメントすべきは、そういうことだ。
そのあたりのことを大谷は、しっかりと理解している。このコメント力が、今後も彼を守り続けていくことになるだろう。

ハイテク機器を駆使したメジャーリーグでのサイン盗み。
アメリカで発覚した不祥事だが、日本人選手も巻き込まれているという点では、実に令和的な事件とも言える。これからの時代は、野球だけでなくあらゆるスポーツで先端技術の悪用に目を光らせなければならないだろう。

その一方で、大谷翔平が見せた選手としてのプライドが、こうしたことへの抑止力であり、アスリートのあるべき姿といえるだろう。

青島 健太 Aoshima Kenta

昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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