【令和の断面】vol.57「鈴木健吾選手に1億円あげてくれ!」

令和の断面


「鈴木健吾選手に1億円あげてくれ!」

 2021年2月28日。
 今回が最後の開催となった「びわ湖毎日マラソン」で劇的な記録が誕生した。
 2時間4分56秒。
 このレースがマラソン5回目となる鈴木健吾選手(25歳、富士通)がこれまでの日本記録(大迫傑選手、2時間5分29秒)を33秒更新し、初優勝を飾った。
 
 36キロ過ぎの給水。
 鈴木選手は、ここで自分のボトルを取り損なう。
 本人も「しまった!」と思ったそうだが、瞬時に切り替えてここで給水に意識のいったライ
 バル(カリウキ選手、土方選手)たちを置き去りにして、一気にスパートをかける。その後は、1キロ3分を切るハイペースで走り切り、後続をまったく寄せ付けなかった。
 大迫選手が持っていた日本記録を大幅に更新したのはもちろんのこと、日本人選手初となる「2時間4分台」で走った激走は、日本マラソン界に大きなインパクトをもたらした。
 
 と、ここまでは良かったのだが、この後、とんでもない「オチ」が待っていた。
 
 このところマラソンには大きな注目が集まり続けていた。日本実業団陸上競技連合が「日本記録で1億円」という報奨金制度を設けていたからだ。
 15年からスタートした同制度では、18年2月の東京マラソンで設楽悠太選手(ホンダ)が2時間6分11秒の日本記録で1億円をゲット。18年秋にはシカゴマラソンで大迫選手(ナイキ)が2時間5分50秒で走り1億円をゲット。20年3月の東京マラソンでも大迫選手が2時間5分29秒で走
り、再び1億円を手にしていた。
 
 ところが鈴木選手がせっかく2時間4分台の快走を見せたにもかかわらず、彼が1億円をもらうことはなかった。
 
 「日本記録で1億円」の同制度は、沈滞気味の男子マラソン界に活気をもたらすために、いわば現物の「人参作戦」として始まった。
 すると、早速、設楽選手と大迫選手(2回)が日本記録を更新したのだから、効果は十分にあったといえるだろう。
 
 しかし、ここで鈴木選手が日本人初の4分台で走りながら、「何ももらえない…」というのは、あまりにも可哀相で、不憫に思えてならない(笑)。
 何とかならないものかと思うが、日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーも「本当なら1億円あげたいんだけど(資金が底をついた)…」と、申し訳さそうに制度終了を説明した。
 
 そこで提案である。
 鈴木選手の走りで「1億円もらえない」というのは、逆にマイナスのメッセージだ。これではせっかく高まってきた気運(日本記録を目指す)がしぼんでしまう。
 人気種目のマラソンには、テレビ中継を含め必ずスポンサーがつく。
 毎回、1億円を用意するのは、きっと高額過ぎるだろうが、ゴルフのホールインワンのように「もし日本記録が出たら〇〇〇〇万円が△△企業から贈られます」といった具合に、日本記録誕生にスポンサーをつけるのはどうだろうか。
 そうすれば、これからも日本記録更新へのモチベーションが保たれる。
 
 画期的な記録を出した鈴木選手は、翌日のオンライン会見で「それ(1億円)は、東京五輪への話だと思っていた。考えていませんでした」と語った。
 
 瀬古さん、こんな記録にボーナスをあげないでどうするの?
 そう思っているのは、私だけではないだろう!

青島 健太 Aoshima Kenta

昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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