【令和の断面】vol.71「山縣亮太と松山英樹の共通点」

令和の断面


「山縣亮太と松山英樹の共通点」

 陸上男子100mで驚異的な記録が誕生した。
 「9秒95」
 今シーズン絶好調の山縣亮太選手(28歳、セイコー)が、6月6日、布施スプリント(鳥取ヤマタスポーツパーク陸上競技場、追い風2m)で、これまでの記録(9秒97)を0秒02上回る日本新記録を樹立した。

 これまで専属のコーチもつけず、自分の感覚とセンスで走り続けてきた天才ランナーは、今年の2月から高野大樹氏にアドバイスを受けているという。その変化を知って「なるほど!」と思った。

 高野氏は、プロのコーチで、女子100mハードルで日本記録を連発している寺田明日香選手も指導している。埼玉大学出身の高野氏は、長い間、パラ陸上の選手を指導していたが、その後独立、プロのコーチとして活躍している人だ。

 山縣は、つねに日本の短距離界の先頭を走り続けてきた。
 2011年、ジュニア(慶応義塾大学1年)の日本記録(10秒23)を樹立。
 12年にはロンドン五輪出場。
 13年には日本選手権優勝。
 16年にはリオデジャネイロ五輪に出場(400mリレーで銀メダルを獲得)。

 日本人初の9秒台は、いったい誰が出すのか?

 山縣には、大きな期待が寄せられていた。
 誰もが、その才能を十分に持っていると思ったからだ。
 ところが思うような記録がなかなか出ない。
 そればかりか、ここ数年はケガや故障の連続だった。
 腰痛、肺気胸、靱帯断裂、右膝痛……。

 その間にライバルたちが次々と、10秒の壁を破って9秒台に突入していく。
 2017年9月9日、桐生祥秀が「9秒98」で走る。
 2019年6月7日には、サニブラウン・ハキームが「9秒97」を出す。
 同年7月20日には、小池祐貴も「9秒98」の快走を見せる。
 多田修平やケンブリッジ飛鳥も存在感を見せ、100mの舞台は群雄割拠に。
 山縣の立場はどんどん希薄になっていく状況だった。

 山縣が高野コーチに指導を仰いだのも、そんな危機感からだったのかもしれない。

 しかし、きっかけは何であれ、天才ランナー山縣にとって、さらなる飛躍に必要だったのは、「第3者の目」客観的な視点だったのだろう。
 これまで陸上博士のように、自分自身を的確に見つめ、走り方から練習方法まですべて自分のセンスでこなしてきた山縣だったが、他者の目も役に立つのだ。
 いや、分かっているようで、自分自身を客観的に見つめることは難しい。
 高野コーチの指摘は、走りの無駄を省いて、さらに合理的な走法に近づける。それが結果的にはケガの予防にもつながる。新しい走り方や練習方法を山縣と話し合いながら決めたという。
 高野コーチが目指す感覚は、「共通言語」を持つことだという。
 つまり、それによって高野氏の感覚は、他者の目でありながらも、山縣が自分の感覚として感じることができる課題やアドバイスになったのだ。

 また信頼できるコーチと組むことで、コンディショニングや走ることに、より集中できる環境ができたことも日本記録樹立の大きな要因になったことだろう。

 優れた感覚の選手が、優秀なコーチと出会うことで、さらに飛躍する瞬間をつい最近も見た。
 ゴルフのマスターズで優勝した松山英樹選手も、去年から初めて専属コーチをつけて偉業を達成した。松山も、これまでは自分の感覚だけで戦っていた。

 どんなことでも、不断の努力と強い独立心が成功の前提だろう。
 論理的思考や客観的視点も求められる。
 しかし、それでもなかなか上手くいかない時がある。
 そんな時にこそ、第3者のアドバイスがハマるのかもしれない。
 きっと大切なことは、そこにある「新しい感覚」なのだろう。

 山縣は言う。
 「変化を恐れず、次に生かすスタイルは変えない」

 東京五輪の代表争い(日本選手権)は、とんでもなく熾烈だ。
 山縣に加えて、桐生、小池、多田、ケンブリッジ、そしてサニブラウンが集結する。
 100mの代表は3人。
 もちろん9秒台の激戦を期待したい。

青島 健太 Aoshima Kenta

昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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