【令和の断面】vol.75「ホームラン競争の後遺症」

令和の断面


「ホームラン競争の後遺症」
 オールスターゲームに先駆けて行われたメジャーリーグの「ホームランダービー(競争)」(日本時間12日、コロラド州デンバー)。
 日本人選手として初めて出場した大谷翔平選手(ロサンゼルス・エンゼルス)だったが、残念ながら1回戦で敗退してチャンピオンになることはできなかった。
 ただ、優勝できなかったことで、正直、少しホッとする気持ちもある。
 「このおじさんはいったい何を言っているのか?」と思われるだろうが、ホームラン競争独特の影響を心配しているのだ。

 それは大谷選手の後半戦のバッティングに対する不安だ。
 前半戦を終わって、ホームランは両リーグトップの34本、打点もタイトルを十分に狙える70打点、2割7分9厘の打率も順調に上がってきている。
 その充実した内容は、まったく文句のない活躍だ。
 いったい何を心配しているのか?と思うことだろう。

 はっきり言おう。
 ホームラン競争の後遺症である。
 ホームラン競争をご覧になった方は、分かるだろうが、決められた時間の中で、すべてのボールをホームラン狙いでスイングする。ピッチャーの投げるボールが遅いので、ホームラン競争では、よりパワフルに打てる引っ張りのバッティングをすることになる。打球方向は、右打者ならレフトへ、左打者ならライトに偏ることになる。
 筆者の懸念は、この引っ張り専門のバッティングをすることにある。

 大谷がシーズンでホームランを量産しているのは、決して引っ張り専門ではなく、投球のコースに逆らうことなく、センターやレフト方向へのホームランもしっかり打っているからだ。
 つまり強引なバッティングを封印しているからこそ、大谷らしさが発揮されているのだ。

 ホームランには、不思議な魔力がある。
 一度打つと、何度も打ちたくなる。
 ゆっくりとベースを回る時間は最高の瞬間だ。
 これを何度も味わおうというのは、打者の本能であり、止めがたい快感だ。
 ホームラン競争で、そこに刺激が入ると、強引なバッティングが顔を出す可能性がある。

 日本のプロ野球でもホームラン競争をやっているが、力み過ぎてさっぱり打てない打者を見かけることがある。そればかりか、ホームラン競争に出場した選手のホームランペースが、その後、急激に落ちることもある。おそらくホームランに対する意識が強くなり過ぎて、自分本来のバッティングを崩してしまうからだろう。
 その危険性が、ホームラン競争にはあるのだ。

 大谷ほどの大打者になれば、その使い分け(ホームラン競争のバッティングとシーズンのバッティング)は何の心配もなくやってのけるのだろうが、大観衆の中でホームランを打ちまくる快感には、抑えがたい興奮がある。
 その興奮を残りのシーズンで追いかけようとすれば、さすがの大谷でも思いように打てなくなる危険性があるのだ。

 ホームラン競争は、ホームラン競争。
 シーズンは、シーズンのバッティング。

 その切り替えが、誰よりもうまいのが大谷だと信じたいが、ホームランにはとてつもない魅力が潜んでいる。
 ホームラン競争のことは忘れて、これまで通りシュアなバッティングをして欲しい。

 お節介極まりない原稿。
 もちろんこの指摘が、単なる杞憂に終わることを願っている。

青島 健太 Aoshima Kenta

昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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