【令和の断面】vol.103「王者は喜ばない」

令和の断面


「王者は喜ばない」

 五輪で金メダルを獲ったにもかかわらず、これほどクールにインタビューに応じた選手が過去にいただろうか。
 本人は、それなりに喜びを表現していたのかもしれないが、まるで練習ジャンプで会心の一本を飛んだくらいのテンションだった。
 北京五輪、スキージャンプ、男子ノーマルヒル(2月6日)で記念すべき日本人1号の金メダルを獲得した小林陵侑選手(25歳)のことである。

 スキー板を抱えてインタビュースペース(ミックスゾーン)に表れた小林(陵)選手は、ヘルメットを脱いでマスクをすると再びヘルメットを被って冷静にインタビューに応じた。

 まずは、インタビュアーが金メダルの感想を聞く。

 「いやあ。2本ともいいジャンプをそろえられたので、すごくうれしいです」
と、小林(陵)は、感情を爆発させるようなこともなく淡々と答えた。

 前回の平昌五輪では、不本意な成績(ノーマルヒル7位、ラージヒル10位)だった小林(陵)選手。そこを想い図ってインタビュアーが「ここまでの道のりを振り返って、今の思いを聞かせてください?」と感傷的なトーンで質問を向けたが、小林(陵)は、まったく乗ってこなかった。

 「ノーマルヒル個人、いいジャンプをできたので、また次の試合につなげたいと思います」

 インタビュアーの気持ちはよく分かった。日本人1号となる金メダル獲得を小林(陵)選手と一緒に喜びたかったのだ。ところが小林(陵)選手は、もう次のことを考えている。そこで仕方なく「もう思いは次の試合に向かっているんですか?」と続けた。

 「そうですね。この”金メダル”という結果をすごくうれしく思って、次からもがんばっていきたいですね」

 このチグハグなやり取りを見ながら私は思わず笑ってしまったが、金メダルで湧き起こる感情すらコントロールしている小林(陵)選手に、残る種目でのさらなる飛躍を予感せずにはいられなかった。

 もともと話すことが苦手なタイプなのかもしれない。緊張したりあがってしまったりする自分を変えるために、平昌五輪以降はメンタルトレーナーの指導を受けて自己改革に努めてきた。
 効果はすぐに出た。
 18~19年にW杯個人総合優勝を果たし、その理由を「リラックスして競技に臨めるようになった」と語っている。
 毎週末に試合が続くW杯を戦い抜くには、失敗を引きずらない強いメンタルが求められるのだ。そして1つの勝利に驕らず、次に備える切り替えの早さが連勝を生んでいく。
 そのメンタルの切り替えが、小林(陵)選手の中では、もうすっかり確立されているのだろう。
 それは「王者のメンタル」と言ってもいいのかもしれない。

 私は、喜びを抑えた金メダル後のインタビューに、小林(陵)選手の「王者のメンタル」を感じた。

 喜びもそこそこに彼はもう次のことにフォーカスしているのだ。

 ■7日 混合団体(2本目で106mの大ジャンプ、日本は4位)
 ■11日 男子個人ラージヒル予選
  12日 男子個人ラージヒル本戦
 ■14日 男子団体
 とスケジュールは続く。

 助走距離も短く風の影響も受けやすいノーマルヒルは、ラージヒルより高い技術が求められる。しかも北京のジャンプ台は、助走路のR(湾曲)が緩く、パワーを感じにくいジャンプ台になっているという。つまり今回のジャンプ台そのものも技術なくしては飛べない構造になっているのだ。

 そこで勝ったことが、最高の技術と抜群の安定感を証明している。
 そしてすぐさま次の種目に気持ちを切り替えている。
 ラージヒルと団体で何が起こるか?
 きっとまた彼はやってくれるだろう。
 1個目の金メダルでは喜ばないインタビューに、貪欲な王者を感じる。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
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