【令和の断面】vol.161「錦織圭が帰ってきた」

令和の断面


「錦織圭が帰ってきた」

 男子テニスの錦織圭選手(33歳、ユニクロ)が帰ってきた。
 長い間ツアーを離れていた彼だが、もうこのままフェイドアウトするように引退してしまうのではないかと心配していた。
 しかし、そんな懸念が杞憂に終わって、私だけでなく多くのテニスファンがホッとしていることだろう。

 プエルトリコで行われていたATPチャレンジャー大会「カリビアン・オープン」に1年8か月ぶりに復帰した錦織は、決勝まで勝ち上がりアメリカの若手マイケル・ゼン選手をストレートで破り、久しぶりの優勝を飾った。

 去年の1月に以前から痛めていた左股関節を手術。
 右の足首痛にも悩まされていたが、こうした治療からツアーに戻るまで1年8か月を要した。
 準決勝でブラジルのグスタボ・エイデ選手に勝った時には「自分でも笑けてくるくらい、うれしいはうれしい。しぶとい球を打ってくる相手に勝てたのはよかった」と、素直に快進撃を喜んだ。

 もう10年になる。錦織のプレーを観に2年連続でウィンブルドンに通った。
 まだまだランキングが低かった錦織は、ウィンブルドンの小さなコートで試合をしていた。すぐ隣では、37歳で現役に復帰したクルム伊達公子選手も頑張っていた。テニス界の2大スターを一緒に見られる。日本人にとっては、嬉しいエリア(空間)だったが、メインコートを使わせてもらえないところに、二人の立場とランキングが現れていた。

 その後、錦織は着実に力をつけて2014年の全米オープン決勝でプレーし、ランキングも世界4位まで駆け上がった。
 当時は、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチ、アンディー・マレーの「ビッグ4」が君臨し、錦織はこの4人を苦しめる存在になっていった。
 そしていつかグランドスラムを制する。
 その期待が錦織を追いかける楽しみだった。
 2016年には、全豪オープンにも錦織を観に行った。
 そう、気がつけば私は完全に錦織フリークになっていたのだ。

 だから彼のプレーが見られない最近のグランドスラムは、何か物足りない気がしていたし、その間にフェデラーが引退し、ナダルも来年のシーズンを最後に引退することを表明している。
 錦織ももしかしたら……、と思っていただけに今回の復帰はうれしかった。

 しかし、戻ってくるだけで彼の居場所が用意されるわけではない。
 これまで失っていた世界ランキングも、今回の優勝で500位前後になりそうだが、まだまだそんな順位だ。
 そこは本人もまったく楽観していない。
 「今、ツアーに戻って戦えるのか?って言われると、その自信はまだない」と、冷静に自分を見つめている。

 度重なる故障が物語るように、錦織のテニスは身体を酷使する。追いかけて追いかけて拾って拾って、その中で、厳しいコースに打ち込んで相手のミスを誘う。それだけにこれからも予断を許さないが、しぶとい錦織が帰ってきたことは確かだ。

 この夏、久しぶりに全米オープンで躍動する錦織が観られるかもしれない。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
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