【令和の断面】vol.166「北勝富士の姿勢が胸に刺さる」

令和の断面


「北勝富士の姿勢が胸に刺さる」

 刺さるような暑さの中を歩いて自宅に戻ると、テレビの前に陣取って大相撲夏場所を観戦した。
 11勝3敗で3人の力士が並び、優勝決定戦が濃厚だった。

 本割でまず土俵に上がったのは、31歳の北勝富士。
 大歓声の中、錦木を引き落としで破って12勝3敗で初優勝への望みをつないだ。

 その後は、結び前の一番。
 11勝3敗同士の豊昇龍と伯桜鵬の対戦。
 ここは大関を狙う豊昇龍がわずか4秒の相撲で伯桜鵬(新入幕)に貫録の違いを見せた。

 これで北勝富士と豊昇龍が12勝3敗で並び優勝決定戦での決着となった。

 この日、向こう正面の解説を務めた舞の海秀平さんが言った。

「解説は、公平であることが大事ですが、31歳の北勝富士には、これから優勝のチャンスがそんなにあるわけではない。個人的には北勝富士を応援したい気持ちになりますね……」

 きっとテレビを見ていた多くの相撲ファンも同じようなことを思っていただろう。もちろん私も、心情的には北勝富士に肩入れしていた。
 しかも北勝富士は埼玉県所沢市の出身で、埼玉県草加市で育った私としては隣の越谷市出身の阿炎と同様、つねに応援モードで彼らの相撲を見てきた。

 ともに初優勝がかかった負けられない一戦。

 ここでも解説の舞の海さんが出色の見解を披露していた。

「二人の取り口を考えると、この相撲は、両者の我慢比べになると思います。どちらが最後まで引かないで我慢できるか。引いた方が負けだと思います」

 そして優勝決定戦は、その予想通りの展開になった。
 立ち合い直後、土俵上で差し手争いを繰り広げた両者だったが、豊昇龍の圧力を感じた北勝富士が我慢しきれずに、相手を引き落とそうとした瞬間、豊昇龍が北勝富士との間を詰めて一気に前に出てそのまま押し出した。
 舞の海さんの見解通り、豊昇龍が我慢比べに勝ってそのまま賜杯を手にする結果となった。

 負けた北勝富士も、敗因を自覚していた。

「ここまで来たら悔しい。攻めていこうと思ったが、また悪いところが出てしまった」

 私は、この相撲を見て改めて勝負の厳しさを考えさせられた。
 心情的には北勝富士を応援していたが、そんな感傷的な気分を吹き飛ばす厳しさが豊昇龍にあった。

 闘争心は研ぎ澄まされ、豊昇龍にはこの一番にかける抜群の集中力があった。
 強いものが勝つ。
 勝負の世界、とりわけ格闘技においては、それ以外に勝敗を分ける要素がない。

 緊張していたのは31歳のベテランであり、24歳の若手は余計なことを考えずに自分の相撲を取り切った。

 その清々しさにやっぱり相撲は良いな!と思った。

 そして救いは、以下の北勝富士のコメントだ。
「地道にコツコツやるとか、人が嫌がることをやり続けてきた。今回、少し芽が出てきたと思う」

 ベテランは、まだまだ諦めていない。
 北勝富士に滲む「悔しさ」が、夏の日差しのように胸に刺さった。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
バックナンバーはこちら >>

関連記事