【令和の断面】vol.193「大谷の挨拶回りはなぜ?」

令和の断面

 他チームに先駆けて3月20日、21日と韓国で開幕戦を迎えるロサンゼルス・ドジャースとサンディエゴ・パドレス。
 例年より早いキャンプインになっている両チームだが、大谷翔平が移籍したドジャースは、山本由伸の加入も手伝って大変な熱気に包まれている。
 アリゾナ州グレンデールには、アメリカのメディアはもちろん、日本を含め海外の報道陣も数多く詰めかけて、連日の報道合戦が続いている。

 そんな中、私が気になったのは、大谷の何気ない振る舞いだった。
 キャンプ初日、待ち構えていた報道陣は、大谷の練習風景を一目見ようと早朝からカメラを構え、その姿を見逃さないようにしていたが、当の大谷は軽いトレーニング(打撃練習をしていたという噂もある)を人目につかないところで行うと、それでその日の練習は終わりにしてしまった。

 そのかわりに彼が何をやっていたかと言うと、選手や首脳陣のところを訪ねて挨拶回りをしていたというのだ。

 会見に現れた大谷は、その理由を次のように述べた。

 「新しいチームなので本当に1年目のつもりで、まずは環境に慣れる。チームメイトにも慣れることが最優先。コミュニケーションを取りたい」

 「基本的に自分から行きますけど、いろんな人に挨拶するので(同じ人に)2回挨拶に行かないように……。1発目で覚えられるように。もし行ったときは勘弁して欲しいなと思います」

 この挨拶回りに、多くのファンは「アメリカに行っても大谷らしいな」と彼の礼儀正しさに改めて賛辞を送ることだろう。
 もちろん私も「これでこそ大谷」と感心している。

 しかし、日本流のこの挨拶回りには、もうひとつ深い意味があることを理解しておく必要があるだろう。

 それは二刀流をやるための環境づくりだ。
 今シーズンは、肘の手術のために打撃だけに専念する大谷だが、それでも投球のためのリハビリも並行して行っていくことになる。
 そして本格的に二刀流が始まれば、基本的に彼はチームの練習とは別に自分独自のメニューで調整を続けることになる。
 加えてローテーションも彼の調整を加味しながら組み立てられることになるだろうし、打撃での打順やDHも大谷を優先して決められることになるだろう。

 つまり大谷が投打でプレーすることで、他のチームでは起こらない(考える必要のない)流動的なキャスティングが発生するのだ。
 言い方を替えれば、大谷の出場によっていろいろな選手に影響が出る。
 もっとストレートに言えば、他の選手に迷惑をかけることになるのだ。

 だから、それをよく知っている大谷は、他の選手や首脳陣と理解を深めたいのだ。
 二刀流は、チーム理解の上にこそ成り立つ。
 もし、チームメイトから不満が噴出したら、大谷は孤立し、二刀流は成立しないのだ。そこをしっかりとわかっている大谷だからこそ、キャンプ初日からチーム全員とコミュニケーションを図る。

 この行動をドライに言えば、すべては二刀流のためなのだ。
 完璧な根回し。
 その意味でも、大谷翔平は本当にすごい選手だ。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
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