令和の断面

vol.320 「ジュン イシイ」のバット

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     埼玉県草加市で「第22回草加松原展(9月17~23日)」が草加文化会館で開催されている。
     ただ、この原稿がアップされる9月24日には終わっているので、これを読んで興味を持っていただいた方には申し訳ありません。
    
     もう22回になるこの展示会だが、草加市在住の方、また草加市に所縁のある方が、それぞれ思い思いの展示物を出展して自由に見ていただこうという企画だ。だから入場料も無料になっている。
    
     光栄なことに、この歴史ある展覧会に「青島も何か出さないか」と誘われたのだ。小学校1年生から高校まで草加市で育った私にはありがたいことなので、とりあえずお引き受けした。
    
     と、ここまでは良かったのだが、さて何を展示したら良いのか?
     他のみなさんの展示物を伺うと、ご自身で描いた絵や撮影した写真、刺繍やアートなど。いずれも作品と呼べるようなものばかりだ。
     もちろん私は、そうしたことに取り組んでいない。
     これまで30年間スポーツジャーナリストとして活動し、今は全国比例の参議院議員を務めている。
    
     私に一体何があるのか?
     どうしよう?と悩んでいると、ふと1本のバットが思い浮かんだ。
    
     地味な出展になるのは確かだが、私を物語るものと言えば「これだ!」と思ったのだ。それは大学時代に使っていたバットで、今も大切に保存している。
    
     1979年秋の東京六大学野球リーグ。
     この時の私は、おそらく選手として生涯で一番覚醒していたシーズンだったのではないかと思う(笑)。
     ホームラン6本は、タイ記録。
     22打点は、今も残るリーグ記録になっている。
    
     全12試合で22打点だから、ほぼ1試合2打点のペースだ。打点はホームラン以外、ランナーがいなければ叩き出せないので前を打つ人たちのおかげでつくれた記録だが、それにしてもよく打ったと思う。
     そして今私の手元にあるのが、その時の本物のバットなのだ。
     これは私の唯一の宝物とも言えるものなので、このバットを展示させてもらうことにした。
    
     ただ、展示の理由は、これが記念のバットだからということだけではない。
     これは「ジュン・イシイ」という今では幻のバットと言ってもいい、超貴重なバットなのだ。
    
     バット材を油に漬けて、これを圧縮することで硬度と耐性を増したバットなのだ。実は、あの世界の王貞治選手も「ジュン・イシイ」制のバットで偉大な記録をつくり続けてきた。
     私たち慶應義塾大学野球部では、シーズン前に試合用ということで2本ずつ支給され、その1本で上記の記録を作ったのだ。
     今では手に入れることができないバット。
     「ジュン・イシイ」のバットが現存するだけでも、往年の野球ファンにとっては、喜んでもらえるものだろうと思ったのだ。
    
     言えば、このバットは私の「青春の証」みたいなものだ。分身のような気がするので、ここまで大事に保管してきた。でもそうした郷愁にも似た気持ちは、私が歳をとって振り返る過去がどんどん遠くなっているからだろう。
    
     それでも、ただの木の棒(バット)から様々な記憶がよみがえる。これも野球の力、スポーツの魅力だ。
     私は、これからもスポーツと一緒に生きていく。
    
    

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