東京、高田馬場駅から歩いて4分くらいのところにある「福茶庵」という和食屋さん。ここでびっくりするような宝物をいただいた。
国会議員をしているので、何かをあげることも、何かをいただくことも基本的に禁じられているのだが、これは問題ないだろう。
それは私がヤクルト入団当時の動画である。
1985年5月11日、対阪神戦(@神宮球場)。
6回裏にヤクルト先発・大川投手の代打で登場した青島は、阪神・工藤投手のフォークボールをセンターバックスクリーンに運んで初打席初ホームランを達成しているのだ。
この時の映像とインタビューが残っていて、これを「福茶庵」の店主の方にいただいたのだ。
伺うところによると、ヤクルトスワローズ創設40周年で発売された記念グッズの中に「懐かしの映像集」のようなものがあって、その中に青島の初打席初ホームランが収録されていたというのだ。
それは私もはじめて見る映像で、そんなものが残っていることすら知らなかった。
この時の私は、工藤投手の真っ直ぐ一本に絞って待っていたのだが、タイミングばっちりで打ったのはフォークボール。
狙い通りに真っ直ぐが来ていたら、振り遅れて空振りしていたことだろう(笑)。
いや、せっかくのホームランだから、抜群の柔軟性で見事に対応したということにしておこう(笑)。
ただ、試合後のインタビューでは、大事なことを真摯に語っているので、これはこのまま書き起こしておこう。
「うれしかったですね。シーズンが始まる時はファームでスタートしましたから。今日上がってきて、チャンスがあったら何とか良いところを見せて、一軍に何とか残りたいなと思っていましたらから。それがホームランだったので余計にうれしかったですね」
そう、開幕は2軍でのスタートだった。
そこで何本かのホームランを打ってアピール。1か月後に1軍に上がってきたのだ。だから何としても結果を残したい。その一途な思いがホームランという最高の結果につながったのだろう。
初打席初ホームラン、当時は史上20人目の記録だった。
読者のみなさんに「青島はこんな選手だった!」と、アピールするつもりはまったくない。
そうではなくて、今から40年前、当時27歳の青年が言っているのです。
「チャンスがあったら何とか良いところを見せて、1軍に残りたい」
大事なのは、こうした真っ直ぐな気持ちなんだよな。
この映像を見て素直にそう思ったのでした。
「福茶庵」のマスター、貴重な映像をありがとうございました。
令和の断面
青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。