令和の断面

vol.270 40年前の自分が教えてくれること

SHARE 
  • 連載一覧へ
     
    
     東京、高田馬場駅から歩いて4分くらいのところにある「福茶庵」という和食屋さん。ここでびっくりするような宝物をいただいた。
     国会議員をしているので、何かをあげることも、何かをいただくことも基本的に禁じられているのだが、これは問題ないだろう。
    
     それは私がヤクルト入団当時の動画である。
     1985年5月11日、対阪神戦(@神宮球場)。
     6回裏にヤクルト先発・大川投手の代打で登場した青島は、阪神・工藤投手のフォークボールをセンターバックスクリーンに運んで初打席初ホームランを達成しているのだ。
    
     この時の映像とインタビューが残っていて、これを「福茶庵」の店主の方にいただいたのだ。
     伺うところによると、ヤクルトスワローズ創設40周年で発売された記念グッズの中に「懐かしの映像集」のようなものがあって、その中に青島の初打席初ホームランが収録されていたというのだ。
    
     それは私もはじめて見る映像で、そんなものが残っていることすら知らなかった。
    
     この時の私は、工藤投手の真っ直ぐ一本に絞って待っていたのだが、タイミングばっちりで打ったのはフォークボール。
     狙い通りに真っ直ぐが来ていたら、振り遅れて空振りしていたことだろう(笑)。
    
     いや、せっかくのホームランだから、抜群の柔軟性で見事に対応したということにしておこう(笑)。
    
     ただ、試合後のインタビューでは、大事なことを真摯に語っているので、これはこのまま書き起こしておこう。
    
     「うれしかったですね。シーズンが始まる時はファームでスタートしましたから。今日上がってきて、チャンスがあったら何とか良いところを見せて、一軍に何とか残りたいなと思っていましたらから。それがホームランだったので余計にうれしかったですね」
    
     そう、開幕は2軍でのスタートだった。
     そこで何本かのホームランを打ってアピール。1か月後に1軍に上がってきたのだ。だから何としても結果を残したい。その一途な思いがホームランという最高の結果につながったのだろう。
     初打席初ホームラン、当時は史上20人目の記録だった。
    
     読者のみなさんに「青島はこんな選手だった!」と、アピールするつもりはまったくない。
     そうではなくて、今から40年前、当時27歳の青年が言っているのです。
     「チャンスがあったら何とか良いところを見せて、1軍に残りたい」
    
     大事なのは、こうした真っ直ぐな気持ちなんだよな。
     この映像を見て素直にそう思ったのでした。
    
     「福茶庵」のマスター、貴重な映像をありがとうございました。
    
    
    

    関連記事