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Vol.49 ユニフォームを脱いだあとの話――若き選手たちは「次の人生」をどう描いているか

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    ■43パーセントの不安

     2026年4月末、NPBが恒例の調査結果を発表した。2025年10月6日から27日にかけて開催された「第22回みやざきフェニックス・リーグ」に参加した12球団の選手270人を対象に実施した、セカンドキャリアに関するアンケートだ。毎年この時期に発表されるこの調査は、球界関係者だけでなく、選手を雇用する企業や就職支援の現場からも注目される。

     NPBがこの調査を続けていることには、意味があると思っている。数字を公表することで、選手自身が「自分だけじゃない」と気づける。球団やNPBが支援策を考える際の根拠にもなる。何より、「野球界はちゃんと選手の将来を考えている」というメッセージを社会に発信し続けること自体が、この調査の持つ大きな価値だと私は思っている。

     回答した270人のうち116人、43パーセントが「引退後の生活に不安を感じている」と答えた。不安の中身で最も多かったのは「収入面」(75.9%)、次いで「進路」(70.7%)。お金と仕事のことだ。野球を離れることへの「やりがい喪失」を挙げた選手は12.1パーセントにとどまった。

     「引退後の進路について考えているか」という問いに対し、「何を考えたらいいかわからない」と答えた選手が44.4パーセント。「考えていない」の11.1パーセントを合わせると、半数以上がまだ具体的に動けていない。

     23歳前後の選手が「辞めたあとの人生」を真剣に考えるのは難しい。今日の練習を、明日の試合を、来年の契約を。それで頭と体がいっぱいなのが普通だろう。だからこそ、NPBや球団がこういった調査をもとに、選手が現役中から少しずつ情報に触れられる環境を整えていくことが重要だと思う。「わからない」を「考えてみよう」に変えるきっかけは、選手一人ひとりの意志だけでなく、周囲の働きかけにかかっている部分も大きい。

    ■「社長になりたい」という夢と、その先にあるもの

     「引退後にやってみたい仕事」の1位は「会社経営者(独立・起業)」(19.6%)。2016年以来ほぼ毎年トップを占めるカテゴリーで、今年も首位に立った。2位は「海外球団で現役続行」(17.8%)、3位は「高校野球の指導者」と「社会人・クラブチームで現役続行」が同率(15.9%)で続く。

     「会社経営者」への志向が増えている背景には、身近なロールモデルの存在があると思う。引退した先輩が会社を立ち上げた、SNSで発信しながら収益を得ている選手がいる。そういう姿が見えるようになったことで、「自分にもできるかもしれない」というイメージが持ちやすくなった。現役中からスポンサーを持ち、マネタイズを意識することはいいことだし、発信力をビジネスにつなげようとする感覚は間違っていない。

     取材をしていて、個人的に気になることがある。経営者として長く信頼される人たちを見ていると、数字やSNSよりもずっと地味なところが土台になっているな、と感じるのだ。日常の言葉のチョイス、人への接し方、時間やお金の使い方、約束の守り方。グラウンドの外でどう振る舞っているか、ということ。取引先や仲間から「この人と一緒にやりたい」と思われるかどうかは、意外と現役時代の積み重ねから始まっている。起業の準備は、引退してからではなく、今日のチームメートへの態度から、もうスタートしているのかもしれない。そう考えると、現役時代はある意味、長い助走期間でもある。

    ■169人の「その後」

     アンケートとは別に、NPBは2025年に戦力外・引退した169人の進路も発表した。平均年齢27.2歳、平均在籍年数6.8年。最も多い進路はNPB関係(90人)で、うち育成再契約が48人。NPB以外の野球関係は54人で、海外チームへの移籍が前年の3人から17人へと急増した。メキシコ、韓国がそれぞれ5人。

     野球と完全に無縁になった人は17人。一般企業への就職が14人、自営・起業が3人。全体の約1割にとどまる。多くの選手が、何らかの形で野球の世界につながり続けている。球団職員やチームスタッフとして残る選手(29人)もいる。スカウト、広報、営業、コーチングスタッフ。ユニフォームは脱いでも、グラウンドの近くにいる。それが彼らの選んだ場所だ。

     43パーセントが不安を抱えていることを、私は悲観的に捉えていない。むしろ、リアルに向き合っている証拠だとも思う。「何を考えたらいいかわからない」という44パーセントの正直さも、同じだ。わからないから考えない、ではなく、わからないままでも前を向こうとしている選手たちがいる。

     ユニフォームを脱いだあと、社長になる人もいるだろう。高校の監督として球場に戻ってくる人もいるだろう。まったく違う場所で、野球とは関係のない仕事に夢中になる人もいるはずだ。どれが正解か、なんてない。ただ、今日のシートノックを全力でやりきった先に、その答えが少しずつ見えてくるんだろうと思う。

     なお、NPBはこの調査を毎年実施しており、過去のデータと比較することができる。2023年との比較で見ると、数字の表面は似ているようでいて、意識の変化が静かに起きている。次号ではその変化の輪郭と、取材を通じて見えてきた現場の声を重ねながら、もう少し掘り下げてみたいと思う。

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