【令和の断面】vol.127「円陣の効能」

令和の断面


「円陣の効能」

 この夏の甲子園決勝。
 優勝した仙台育英高校野球部の須江航監督の言葉が話題になった。
 試合後の優勝インタビューでのこと。
 須江監督が言った。

 「青春って、すごく密なんです」

 それは、コロナ禍でも頑張ってきた全国の高校球児への労いであり、スポーツの本質を言い得た多くの人の琴線に触れる言葉だった。

 須江監督の言葉を借りれば、スポーツとは「密を体験し学ぶこと」と言えるかもしれない。

 「青春が密」ということは、大人になるとだんだん密でなくなるということでもある。
 これもまた、多くの人が実感するところだろう。

 社会に出るとなかなか密になれない。
 むしろ適度なディスタンス(距離)を取ることがルールであり嗜みだったりする。
 所属や立場によって至る所で対立が生まれるのも世の常だ。
 だからこそ青春時代に密を経験して、人のぬくもりを感じることに意味があるのだ。

 プロ野球では、東京ヤクルトスワローズとオリックスバファローズが連覇を達成した。
 パ・リーグは最終戦で優勝が決まる最高にスリリングな展開だった。

 私の古巣ヤクルトには、近年「肩組み円陣」という得意技がある。
 野球では子どもから大人までよく円陣を組む。多くの場合、キャプテンや監督コーチが檄を飛ばしたり、作戦的な伝達をしたりする。その際は文字通り丸く集まって円陣を組むのだが、野球の場合は肩を組んだりしない。
 ところがヤクルトの選手たちは、ここ一番の試合になるとベンチ前で肩を組んで円陣をつくるのだ。サッカーやラグビーではよく見る円陣だが、野球でこれをやるチームは少ない。ましてやプロ野球となると、ヤクルト以外で見たことがない。

 「これが強さの秘密だ」と言ったら、野球通のファンに笑われるだろうが、青春のような距離感にチームワークの良さを感じるのは、私だけではないだろう。事実、キャプテンの山田哲人を若い村上宗隆がサポートし、スワローズはつねに明るくて前向きだ。出場機会に差はあっても、それぞれが自分の役割を果たしている。肩を組んでの円陣には、チームの「心的コンディション」を測る要素があるように感じる。
 中嶋聡監督率いるバファローズにも同様のチームの輪を感じる。コロナ禍の主力離脱をチーム全員で乗り切った。選手への気配りを欠かさない水本勝己ヘッドコーチの存在もチームの潤滑油になっているのだろう。

 これは野球だけの話ではない。
 会社で円陣を組むようなことはないだろうが、すぐに肩を組んで円陣を作れるような職場はきっと良い雰囲気で仕事が進められているはずだ。

 長いコロナ禍は、私たちから密になれる場面を奪った。
 リモートによる新しい働き方やライフスタイルをもたらしたのも確かだが、人間本来の生き方や暮らしに密がないことは寂しいことだ。

 スポーツが教えてくれることは、「密の喜びと大切さ」だ。
 ウィズコロナ、ポストコロナの時代に向かって、スポーツが果たす役割はますます重要になるだろう。

青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
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