中日ドラゴンズの中田翔選手(36歳)が、8月15日に記者会見を開き引退を表明した。
今シーズンは25試合に出場、62打数10安打、2本塁打、打点4、打率は1割6分1厘と低迷していた。春のキャンプには体重を13キロ絞って万全の状態で臨んだが、開幕から腰痛に悩まされ、8月7日に1軍昇格を果たしたが、わずか3打席ですぐさま2軍に降格となっていた。
プロ野球生活18年(日本ハム→巨人→中日)。
打ったホームランは309本。打点王を3回獲得、ベスト9に5回、ゴールデングラブに5回輝いた。侍ジャパンでも13年、17年のWBC、15年のプレミア12に選出されている。
日本を代表するスラッガーとして活躍を続けてきた中田だが、思うような野球ができなくなっていたようだ。
「すごく情けない気持ちもあるが、何かすっきりした。何の違和感もなくフルスイングができれば、もう少しやりたかったのが本音…」
「拾ってくれた中日に対してまったく貢献できなかった。申し訳ない。この2、3年野球を嫌いになりかけていた」
「思い通りに体が動かないというのを感じてきた中で、これ以上チームに迷惑はかけられない。最後の方は自分自身ではどうしようもない状態だった」
日本ハム時代から、「やんちゃ」と「ビッグマウス」が売りの中田だったが、最後は殊勝なコメントで球団とファンに感謝の気持ちを伝えた。
会見では、その「ビッグマウス」に関してこんなやり取りもあった。
記者から「18歳、プロ1年目の自分に何を伝えたいか」と問われた中田は「ビッグマウスはやめておけよ。いい意味でも悪い意味でもたたかれたので」と笑った。
しかし、続けてこう言った。
「ただ、中田翔という人間を貫き通す意味でもそれでよかったのかな」
中田というと思い出すエピソードがある。
栗山英樹氏が12年に日本ハムの監督に就任すると、4番に中田翔を据えてどんなに調子が悪くても使い続けた。
栗山監督は、彼を起用し続けることでチームの看板選手としての責任感とプライドを養ってもらいたかったのだろう。
しかし、20代前半の中田はまだまだ発展途上。
スランプが続くとなかなか抜け出せない。
そんな若き主砲を心配して、大ベテランの稲葉篤紀が中田に声を掛ける。
「翔、4番、いつでも代わるよ」
すると中田は、稲葉先輩にこう言ったのだ。
「いや、稲葉さんじゃ無理ですよ」
これは、中田翔の「ビッグマウス」ぶりを物語るエピソードだが、一方で先輩に可愛がられ、その先輩に軽口をたたく中田の人懐っこさに触れる話でもある。
そして何よりも4番を務める中田の責任感とプライドがここによく表れている。
しかし最後は、その責任感とプライドが、自分自身のプレーを許せなくなったのだろう。
中田のビッグマウスを思い出すと引退は寂しい限りだが、これもまたプロ野球の厳しさでもあるのだ。
令和の断面
青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。