東京六大学野球。
6月1日、母校・慶應義塾大学が23年秋以来となる41度目の優勝を飾った。
すべての大学から勝ち点を奪う完全優勝だった。
今シーズンから私たちの野球部同期の上田誠氏(元慶應高校監督)がコーチとしてチームに加わっていることもあり、我々の代を中心に彼と野球をやった仲間が週末ごとに神宮に通い応援を続けた。
早慶戦初戦に勝って5月31日(日)の第2戦にも勝てばそのまま優勝が決まったのだが、ここで早稲田が粘りを見せて1勝1敗のタイに持ち込まれ、第3戦で決着をつけることになった。
慶應の優勝は、OBとして素直に喜びたいと思うが、本稿で優勝に触れるのはここまでである。
今回触れておきたいのは、第2戦の天覧試合についてだ。
満員の神宮球場に天皇陛下と愛子さまがいらっしゃったのは、4回表が終了した午後2時過ぎだった。
早稲田、慶應、両校の監督、選手がグラウンドに整列してお二人をお迎えした。
六大学野球の天覧試合は32年ぶりのことである。
六大学野球は、天皇杯を下賜された野球界唯一のリーグである。
それだけに、慶應の優勝もさることながら、東京六大学野球がお見せすべきは、学生野球がいかに素晴らしい戦いを演じているかということだった。
そしてこの日の早慶2回戦は、これぞ学生野球という力の入った好ゲームを観ていただくことができた。
9回表まで4対3で慶應が勝っているゲームを早稲田が9回裏に2点を取ってサヨナラ勝ちをおさめた。
慶應にとっては、これ以上ない悔しいゲーム。
しかし、早稲田のすさまじい粘りには脱帽である。
やはり持つべきものは、良きライバルであり、この試合(敗戦)のおかげで3戦目に勝った慶應もその喜びを最大限に爆発させることができたのだ。
100年を超える東京六大学野球の歴史は、天皇杯という名誉をいただいたおかげで、どの時代の選手たちも誇りを持って戦うことができたのだ。
その意味では東京六大学野球の選手たちは、優勝の如何に関わらず、幸せな環境をいただいたと言えるだろう。
そしてだからこそ、この恵まれたリーグをこの先も100年、200年としっかり守っていかなければいけない責任がある。
天皇陛下のお力と存在は偉大である。
野球場に来ていただくだけで、選手も観客も幸せになる。
天覧試合、本当にありがたいことである。
令和の断面
青島 健太 Aoshima Kenta
昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテネで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。
2022年7月の参議院議員選挙で初当選。
