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	<title>インタビュー | アスリート街.com</title>
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	<description>アスリート総合応援情報サイト</description>
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		<title>三井康浩＃3 「名選手を育てた分析のプロが指導者に　子どもたちに伝えていきたい技術」</title>
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		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 Mar 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 三井康浩 インタビュー セカンドキャリア 巨人 野球塾 #1 巨人でもV、侍ジャパンでもV　三井康浩が伝説のスコアラーになるまで#2 侍ジャパンを世界一に導いた頭脳　忘れられないミーティングとイチローの決勝打 巨人 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/三井康浩/">三井康浩</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
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<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 90px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球塾/">野球塾</a></li>
</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/03/11/heros-comeback5-1/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#1 </span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">巨人でもV、侍ジャパンでもV　三井康浩が伝説のスコアラーになるまで</span></a><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><span style="color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/03/18/heros-comeback5-2/"><br />#2 侍ジャパンを世界一に導いた頭脳　忘れられないミーティングとイチローの決勝打</a></span><br /></span></p>
</div>
<h5><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter wp-image-16042 size-full" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏.png" alt="" width="5568" height="3712" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏.png 5568w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-1024x683.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-648x432.png 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-768x512.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-1536x1024.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-2048x1365.png 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第3回用三井氏-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 5568px) 100vw, 5568px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">巨人と侍ジャパンを頂点に導いた分析のプロ　伝説のスコアラー・三井康浩の野球人生（インタビュー全3回）#3</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">元巨人の外野手、スコアラーとして活躍した三井康浩氏は巨人軍を退団後、野球塾「Sou Baseball Clinic」を開講し、子どもたちの育成に力を注いでいる。かつては松井秀喜氏、高橋由伸氏、阿部慎之助氏に助言を送った名伯楽は、将来のプロ野球選手を作るために汗を流している。その他、講演や野球出張指導をしている三井氏のセカンドキャリアを伝える。（第3回）</div>
<div> </div>
<div>
<p><span class="s2">■</span>東京・足立区の野球塾では主に中学生をメインに指導、名門高校にも送り出している</p>
<p>　長年務めた巨人軍を退団。最後の職は編成だった。スカウトとして全国のアマチュア野球を見る機会があった。その中で感じたことが、現在の指導者としての道を拓いた。</p>
<p>「自分がプロ野球を辞めて思ったのは、なかなかいい選手が（プロの世界に）上がってこないということ。そういう印象があったので、いい選手を育てたいと思いました。ここで言う“いい選手”とはプロで活躍できるような、基本がしっかりしている選手のことです。幹も育てて、枝葉も伸ばしていく。応用力がある選手を作っていきたいと思っています」</p>
<p>　指導者になって5年目になった。教えていた小学生が、12球団ジュニアトーナメントに出場するメンバーに選出されるまでになった。中学生においては名門高校から勧誘を受ける選手も出てきた。</p>
<p>「ジュニアの選手が出てきたり、お誘いを受けたりすることはもちろん、嬉しいことですが、何より喜びを感じるのは、その子が着実に伸びてきているということです。技術のレベルはどうあれ、入った時より、どんどん伸びている。『この子、ひょっとしたら…』と思う子もいます。中学生だったら、素材をさらに伸ばしてくれるような高校に行けたらいいなと思っています」</p>
<p>　長く、プロ野球を見てきたとあって、子どもの指導には熱が入る。正しい知識を子どもたちに植え付けたいと考える一方で、指導者を見れば、選手が伸びるのか、伸びないのかが手に取るようにわかる。</p>
<p>「『お前はなんであんなプレーをしたんだ』『試合には使わないぞ』という怒気を含んだ大人の言葉に子どもは敏感です。萎縮させてしまい、プレーが消極的になります。子どもの可能性も消してしまいます。短所を指摘されれば、プロ選手だった嫌な顔をします。萎縮せずに伸び伸びとやらせることが、この年代の選手の100パーセントのパフォーマンスを生むと思うんです。小さいころから野球をやっているのですから、中学、高校、大学と野球を続けてほしいです」</p>
<p><span class="s2">■</span>順調に生徒が増えている野球塾、最初は施設探しから始まった</p>
<p>　最初は週に数回しかなかった野球塾も、元プロの鋭い分析に基づいた野球指導が評判となり、今では毎日のように開講しているほど人気のスクールになった。だが、決して順風満帆だったわけではない。</p>
<p>「ジャイアンツを辞めてからは大変でしたね。（軌道に乗るまでの仕事探しは）大変なことしかない。最初の2年はしんどかったですね。自分は何ができるかと考えていたところ、妻が『野球スクールしかないでしょう』というから、ゼロから始めました。だんだん生徒さんが集まってきた。自分がしっかりしたことを教えれば口コミで広がる。個人レッスンが増えているので、ある程度、その辺を認めてくれているのではないかと思っています」</p>
<p>　三井氏は自分の運転する車で施設探しから始めた。都内にある野球室内練習場に行き、野球スクールで使わせてもらえるかを交渉した。</p>
<p>「東京・足立区にあるフィールドフォースボールパークさんが、『一緒にやりましょう』と言ってくださいました。そこから始まりましたね。最初は生徒がいなかったので、自分の息子とその友達を連れてきて、教えていました」</p>
<p>　施設で行っている本格的な野球指導は口コミで広がり、都内の強豪チームに通う中学生までも三井氏の指導を受けにくるようになった。中では、チームの練習よりも、個人レッスンに時間を割く生徒も出るほどだ。三井氏の野球塾は中学生が大半を占める。そのほかは小学生や社会人。選手やその保護者から来る質問、疑問はどのような内容が多いのだろうか。</p>
<p>「進路のことですね。どこの高校がいいのかということが多いです。どうすればレギュラーをとっていけるとか活躍ができるかを考えてあげていますね。社会人の子は独立に入りたいという人や、プロのテストを受けたいという人も多い。そういう部分で助けになれればと思っています」</p>
<p>　球界の盟主・巨人、そして侍ジャパンで頂点を極めた男だからこそ、見える野球界の未来。子どもたちと接し、より高みを目指して、指導していきたい思いが強い。プロにさせるのが目的ではない。楽しく、そして長く野球をさせてあげたい。</p>
<p>「もっともっと、野球人口を増やしていきたいですね。高校、大学、社会人までできるように力をつけさせてあげたい。その中から、メジャーリーグで張り合えるような選手をいっぱい出したいなと思っています。プロでもいっぱいお金もらえると、そのお金に満足してしまうから、その先を見据える選手、お客さんを喜ばすようなプレーに、プライドを持っていける選手を育成していきたいです」</p>
</div>
<div> </div>
<div>（終わり）</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/02/三井康浩さんプロフィール用写真-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1707" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">三井康浩（みつい・やすひろ）</span></strong>
<p>1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。現在は東京・足立区のフィールドフォースボールパーク2で野球スクール「Sou Baseball Clinic」を開講中。多くの中学生が集まり、名門高校へ送り出している。</p>
</div>
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			</item>
		<item>
		<title>三井康浩＃2 「侍ジャパンを世界一に導いた頭脳　忘れられないミーティングとイチローの決勝打」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2024/03/18/heros-comeback5-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 Mar 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 三井康浩 インタビュー セカンドキャリア 巨人 野球塾 侍ジャパン #1 巨人でもV、侍ジャパンでもV　三井康浩が伝説のスコアラーになるまで#3 名選手を育てた分析のプロが指導者に　子どもたちに伝えていきたい技術  [&#8230;]]]></description>
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<div style="text-align: center;">
<ul>
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</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/03/11/heros-comeback5-1/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#1 </span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">巨人でもV、侍ジャパンでもV　三井康浩が伝説のスコアラーになるまで</span></a><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><span style="color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/03/25/heros-comeback5-3/"><br />#3 名選手を育てた分析のプロが指導者に　子どもたちに伝えていきたい技術</a></span><br /></span></p>
</div>
<h5><img decoding="async" class="aligncenter wp-image-16040 size-full" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏.png" alt="" width="5568" height="3712" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏.png 5568w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-1024x683.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-648x432.png 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-768x512.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-1536x1024.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-2048x1365.png 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第2回用三井氏-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 5568px) 100vw, 5568px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">巨人と侍ジャパンを頂点に導いた分析のプロ　伝説のスコアラー・三井康浩の野球人生（インタビュー全3回）#2</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">元巨人の外野手、スコアラーとして活躍した三井康浩氏は2009年のWBCの侍ジャパンのチーフスコアラーでもあった。現役時代から巨人の一員として戦ってきた原辰徳監督からオファーを受け、侍の分析班となった。重圧の中、どのようにしてチームをまとめ、世界一へと上り詰めたのか。決勝の韓国戦のベンチで起きたイチロー選手との会話にも迫る（第2回）</div>
<div> </div>
<div>
<p><span class="s2">■</span>伝説のスコアラーと呼ばれた三井康浩氏、侍ジャパン編</p>
<p>　三井氏は巨人軍のスコアラーを1986年から2007年まで務めた。スコアラーの後は球団フロントとして編成やスカウト、外国人獲得に尽力した。その鋭い目でマイルズ・マイコラス投手（現カージナルス）らを獲得。原辰徳監督を支え続けた。名将とは忘れられない時間を過ごしてきた。</p>
<p>「2008年だったかと思います。来年（2019年）にWBC（ワールド・ベースボール・クラシック）があるけど監督は誰になるんだろうと最初は漠然と思っていました。原監督になると聞き、一人のファンとして楽しみにしていました」</p>
<p>　2008年はリーグ連覇を果たし、巨人はハワイへ優勝旅行に出掛けていた。当然、三井氏も参加。旅行を普通に楽しむ姿を原監督に驚かれたのだった。三井氏の頭の中は？マークが付いていた。</p>
<p>「私は腎臓が悪く、23歳で現役引退をしました。週3回、人工透析を受けないといけません。もちろんハワイでも受けることはできますから、海外とはいえ、V旅行にはいくわけです。そうしたら監督が驚かれて…次のWBCのスコアラーを三井にお願いしたいと言っていただけたそうなのですが、透析をしないといけない体だから日本から出ることは難しい、配慮しないといけないという理由で断られた、と。海外でも治療はできるから問題はないですと説明させていただきました」</p>
<p>　原監督の行動は早かった。すぐに三井氏のスコアラーをチームに打診。正式なオファーが届いた。そこから日本や対戦国、地域を分析する日々が始まった。</p>
<p>「集まる選手はメジャーリーガー、日本で活躍している選手ばかりです。イチロー選手、城島選手、松坂投手に福留選手…。いくら私が巨人の分析で実績があっても、彼らの方が海外のチームの情報を知っています。でも、スコアラーとして自分がやってきたポリシーに選手を絶対に迷わせないというものがあります。その瞬間に、最適なアドバイスを思い切って、言うことを決めました」</p>
<p>　韓国とは決勝で当たるまで、何度も対戦をした。最初の対戦は3月7日の東京ドーム、第1ラウンドの第2戦だった。北京五輪で星野ジャパンが苦しんだ日本キラーの左腕、キム・グァンヒョン（金廣鉉）が先発した。ここで三井氏の読みが当たる。</p>
<p>「同じ失敗をするわけにはいきませんから。私が指示をしたのは彼が一番得意として、五輪でも日本がやられたスライダーを狙って行けということでした。投手にとって得意球を狙っていけば、その数は減っていくし、日本の高いレベルの打者ならばそれだけ狙って行けば攻略するのではないかと考えました」</p>
<p>　初回。1番打者だったイチロー選手が直球を見送り、スライダーを捉えて、ライト前にヒット。この一打が大きかった。2番打者以降も徹底してスライダーを叩き、打線が繋がった。序盤に大量の8得点。見事に打ち崩したのだった。</p>
<p>「選手たちには真ん中から変化してくるスライダーはボールになる、なども伝えていましたね。ただ、やっぱりあれだけの選手たちだからできたことだと思いますよ。これで韓国サイドは『日本はキム・グァンヒョンの癖が分かっている』となったので、ラッキーでしたね。投手は混乱したでしょうね。癖なんて全然わかっていなかったので」</p>
<p><span class="s2">■</span>2009年WBC決勝戦、韓国戦でイチローに「何を狙えばいいですか？」</p>
<p>　世界一に向けて、一丸となった。第2ラウンドでキューバと対戦。メジャーでも活躍するチャップマンが先発だった。160キロを超えるスピードボールを投げる長身左腕を攻略するためにはどうするか。選手を迷わせないために、思考を巡らせた。</p>
<p>「選手たちには高めを思い切って、捨てさせました。ストライクを取られてもいい高さのものも、手を出さないように指示しました。高めに浮いてくる威力のある球は打つことが難しい。ヘルメットを深く被り、高めのボールが視界に入りにくくなるようにしてもらいました。実際にやってくれるか不安でしたが、選手たちはやってくれましたね」</p>
<p>　侍ジャパンは制球の定まらなかったチャップマンの球をしっかりと見極め、四球でチャンスメークした。塁に出れば、盗塁をする仕草を見せて揺さぶった。その動きが左腕を惑わせた。チャップマンは不安定なピッチングになり、3回途中で降板。エースを引きずり下ろし、二番手投手以降を見事に攻略。6-0で勝利した。</p>
<p>「米国戦でも投手陣の癖を見抜くことができたので、メジャーリーガー相手でも打ち崩すことができました。決勝戦はまたしても韓国だったので、キューバや米国のようにはいきません。この試合は試合前に具体的な指示はしませんでした」</p>
<p>　原監督からもここまできたら選手に一任しようという話になった。メンバーが大会を通じて、感じたことを尊重し、正解を導き出すことを願った。試合はシーソーゲームの様相。3-3で、延長10回を迎えた。マウンド上では韓国のクローザー、イム・チャンヨン（林昌勇）が投げていた。2死一、三塁になり、勝ち越しのチャンス。打席にはイチローが入ろうとしていた。</p>
<p>「イチロー選手はこの試合まで不振でした。見たことがないような姿でした。決勝戦の大事な場面で、打席に入る前、イチロー選手は私に『僕は何を狙えばいいですか？』と意見を求めてきたのです。イチロー選手が私に聞いてきたのは、この時が初めてでした」</p>
<p>　大会中、何も言わず、指示通りにプレーしてくれていたイチローがクライマックスに聞いてきたことに三井氏も驚きを隠せなかった。</p>
<p>「思わず、『え？　この場面で？　俺に聞く？』って動揺してしまいましたよ。ただ、選手が自分に聞いてきたときは迷わせないこと、考える時間を与えないことをポリシーにしていたので、ここはシンカー（狙い）だけでいいと言いましたね」<br />　<br />　シンカーは、林昌勇の勝負球。韓国屈指のクローザーがイチローに対して、一番自信のある球を投げてこないはずがないと分析した。そう伝えるとイチローをバッターボックスへ送り出した。</p>
<p>「イチロー選手から、それに大事な局面で頼りにしてもらえたのはうれしかったですね。左打者のイチロー選手に対しては外に逃げていくシンカーは有効なボールですから、最後はそれで仕留めてくるに違いないと考えました」</p>
<p>　初球は直球でボール。2球目も直球でストライク（一塁走者が盗塁し、2死二、三塁に）。イチローはその後もボールを見極め、追い込まれるとゾーンに入ってきた直球はカット（ファウル）。狙いは変えず、8球目、高速シンカーを捉えて、センターに弾き返したのだった。2点タイムリーとなり、5-3で日本が勝利を収めた。</p>
<p>「大会を通じて、結果が出ていたことで選手みんなが私のことを信じてみようかなという気になったのだと思います。最初に韓国エース・金を攻略できたことが大きかったですね。イチロー選手も調子は悪かったんですが、ずっと一人、室内で打っていたこともありましたから。イチロー選手の努力に報いたいという気持ちでした」</p>
<p>　2023年も侍ジャパンは、この時以来の世界一を奪還した。それも2009年の経験があったからこそ、達成できたことは間違いない。</p>
</div>
<div> </div>
<div>（第3回に続く）</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/02/三井康浩さんプロフィール用写真-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1707" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">三井康浩（みつい・やすひろ）</span></strong>
<p>1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。現在は東京・足立区のフィールドフォースボールパーク2で野球スクール「Sou Baseball Clinic」を開講中。多くの中学生が集まり、名門高校へ送り出している。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>三井康浩#1 「巨人でもV、侍ジャパンでもV　分析のプロ・三井康浩が伝説のスコアラーになるまで」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2024/03/11/heros-comeback5-1/</link>
		
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		<pubDate>Mon, 11 Mar 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[三井康浩]]></category>
		<category><![CDATA[巨人]]></category>
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		<category><![CDATA[野球]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 三井康浩 インタビュー セカンドキャリア 巨人 野球塾 侍ジャパン #2 侍ジャパンを世界一に導いた頭脳　忘れられないミーティングとイチローの決勝打#3 名選手を育てた分析のプロが指導者に　子どもたちに伝えていきた [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/三井康浩/">三井康浩</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/巨人/">巨人</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 90px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球塾/">野球塾</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 130px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/侍ジャパン/">侍ジャパン</a></li>
</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/03/18/heros-comeback5-2/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#2 </span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">侍ジャパンを世界一に導いた頭脳　忘れられないミーティングとイチローの決勝打</span></a><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><span style="color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/03/25/heros-comeback5-3/"><br />#3 名選手を育てた分析のプロが指導者に　子どもたちに伝えていきたい技術</a></span><br /></span></p>
</div>
<h5><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-16037 size-full" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏.png" alt="" width="1568" height="1044" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏.png 1568w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-1024x682.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-649x432.png 649w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-768x511.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-1536x1023.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/03/第1回用三井氏-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 1568px) 100vw, 1568px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">巨人と侍ジャパンを頂点に導いた分析のプロ　伝説のスコアラー・三井康浩の野球人生（インタビュー全3回） #1</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">元巨人の外野手、スコアラーで2009年のWBCにも侍ジャパンのチーフスコアラーでもあった三井康浩氏は、多くの名選手にアドバイスを送ってきた。ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏や元巨人監督の高橋由伸氏、現監督の阿部慎之助氏らが信頼を寄せた。今は指導者として野球に関わっている。三井氏にこれまでを振り返ってもらった（第1回）</div>
<div> </div>
<div>
<p><span class="s2">■伝説のスコアラーと呼ばれた三井康浩氏の歩み</span></p>
<p>　三井氏は島根・出雲西高から1978年にドラフト外で巨人に入団。しかしプロ入り6年目、健康診断で腎臓疾患であることが判明し、現役を引退することになった。</p>
<p>「将来を夢見て、プロ野球の世界に飛び込んだのですが、目標がなくなってしまいました。まだ23歳です。その年のオフ、チームの仕事を手伝って欲しいと球団からオファーを受けました」</p>
<p>　最初の仕事は2軍のチーフマネージャー。その後、スコアラーを任されることに。スコアラーとは野球の試合を見て、分析や情報収集をする仕事。当時はピンと来なかったが、このオファーが三井氏の人生を変えた。</p>
<p>「ベンチの中にスコアラーがいることは今でも当たり前になっていますが、私にとってレジェンドのような存在だったのが小松俊広さんという方です。小松さんに学びながら、スコアラー人生がスタートしました」</p>
<p>　球場に行って、ビデオを回しながら、相手チームのことを分析する。気づいたことをメモに書き記した。対戦カードの一つ、二つ前のチームのデータをチームに付いている別のスコアラーに提出し、それに基づき、選手たちが試合前にミーティングをする。</p>
<p>「そのうち、成果が認められて、チーム付きのスコアラーになりました。本拠地も遠征も全て1軍選手たちと一緒です。データをまとめて、監督やコーチ、選手に伝えるのが主な仕事なのですが、これがしんどかったですね」</p>
<p>　自分自身は選手として1軍の経験がないため、試合前にどのようなミーティングをしていたかなどはわからない。迎えた公式戦。当時は篠塚利夫氏（和典）や中畑清氏、原辰徳氏らスター選手が巨人には在籍していた。</p>
<p>「全く選手たちに聞いてもらえなかったんです。結果を残している選手が私の話を聞くはずがないですよね…」</p>
<p>　途方に暮れていても仕方がない。三井氏は先輩スコアラーでもある小松氏に聞いた。どうすれば、選手たちは聞いてくれますか？</p>
<p>「選手がお前の話を聞いてくれないのは、聞いてくれるような内容じゃないからだ。選手が聞いてくれるようなミーティングをしないといけない、というようなことを言われました。厳しい言葉でしたが、選手が知らない、自分しか知らないことを集めてこないといけないんだ！と決意しましたね」</p>
<p><span class="s2">■長嶋茂雄（巨人終身名誉監督）が2度目の指揮で転機<br /></span></p>
<p>　先乗りスコアラーからやり直して、徹底的にデータを集めることにした。日本一のスコアラーになることを目指し、再スタート。“研修”には長い時間がかかったが、少しずつ、ミーティングの内容が認められるようになってきた。</p>
<p>「私が入団した当初は長嶋茂雄監督だったのですが、そのミスターが2度目の監督を1993年から務めることになりました。その少し前からチーム付きスコアラーに戻っていたので、一緒に戦うことになりました」</p>
<p>　多くの野球ファンが知る1994年の「10・8」決戦。勝った方がリーグ優勝という中日戦。シーズン後半、チームが打撃不振に陥り、失速していたのは明らかだった。</p>
<p>「中畑清さんが打撃コーチだったのですが、なかなか打開策が出ない状況でした。すると、あの試合の前に私主導でミーティングをするように指示を受けたのです」</p>
<p>　コーチを差し置いて、スコアラーという裏方が選手たちに指示を出すのは慣例になかった。三井氏は相手エースの今中慎二投手の変化球の癖を盗んでおり、それを選手に伝えた。松井秀喜氏や落合博満氏を中心とした打線が奮起し、試合に勝利。見事、優勝を飾ったのだった。</p>
<p>「その頃くらいから、スコアラーの地位が上がってきました。長嶋監督からはベンチにいなさいと、試合中にベンチに入ることになったのです。ゲームの中で相手を分析して、選手に気づいたことをすぐに伝えるようになりました」</p>
<p>　当時、巨人のベンチには松井秀喜氏がいた。長嶋監督と松井氏が暗闇の中で素振りをしていた話は有名だが、実は三井氏もその部屋に呼ばれたことがある。</p>
<p>「長嶋監督は松井選手の素振りの音でいいスイングか悪いスイングかを判断できていたんです。最初は全く違いがわからなかったんですが……」</p>
<p>　三井氏は松井氏に「本当に違いがあるの？」と尋ねた。すると「それがね…当たっているんですよ」と松井氏が納得したスイングと、ミスターが良い音とする瞬間がマッチしていると伝えられ、驚いた。</p>
<p>「いい音がしたと言われた時は、振り抜けた感じがあるんですと言っていました。すると次第に私もわかるようになってきたのです。いい音は“ピュッ”と高い音。悪いときは“ブーン”と。音が鳴る場所も違う。いい音がするときの場所はいつも決まっていましたね」</p>
<p><span class="s2">■高橋由伸、阿部慎之助の成功の裏にも三井氏の存在があった</span></p>
<p>　1998年から2015年まで巨人の主軸打者として活躍した高橋由伸氏とは“二人三脚”でフォームを作ってきた。練習量の多さに驚かされてきた。</p>
<p>「ホームゲームの場合、私の自宅に寄って打撃フォームなどをチェックしてから東京ドームへ向かうことが習慣になっていました。試合後も頻繁にきていましたね」</p>
<p>　グラウンドでも試合前の打撃練習でトスを上げる場面もよく見られた。2人にとって思い出の試合は2007年の開幕戦、敵地での横浜との先頭打者アーチ。前夜、話し合って、相手エースの三浦大輔投手（現DeNA監督）の外角スライダーを狙うことを決めた。</p>
<p>「初球からガンガン打っていくタイプですが、緊張しやすいタイプでもあります。初球の球種がわかれば、気が楽になると思い、前日までに決めました。三浦君は初球でストライクが欲しいはずなので、積極的な高橋君には、真っ直ぐはない。左打者の外、スライダーできっとくるとね」</p>
<p>　見事にハマり、このシーズンでは35本塁打を記録し、チームもリーグ優勝を果たした。他にも阿部慎之助氏へは入団当初から助言し、大打者へ礎を築いた。</p>
<p>「阿部選手は本当に身体が柔らかい。関節という関節が全部、柔らかいんです。ハンドワーク、ボールをとらえる感性は素晴らしいものがありました。性格的にも小さいことは気にしないですし、明るいし、全然、物怖じもしない。打者にとってはいい要素をたくさん持っていました」</p>
<p>　これまでも多くの巨人の偉大な打者を見てきたが、阿部氏が松井氏や高橋氏より優れているものがあるという、</p>
<p>「ボールへの対応力ですね。内外角のさばき方は素晴らしかった。厳しいところをつかれても、払い打ちができました。その部分に関しては一番能力が高かったですね」</p>
<p>　巨人で長く、スコアラーとして従事した男を一番高く評価していたのは原辰徳前巨人監督だった。2009年、三井氏は原監督とともに侍ジャパンの一員として戦うことになる。</p>
</div>
<div> </div>
<div>（第2回に続く）</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/02/三井康浩さんプロフィール用写真-scaled.jpg" alt="" width="2560" height="1707" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">三井康浩（みつい・やすひろ）</span></strong>
<p>1961年1月19日、島根県出身。出雲西高から78年ドラフト外で巨人に入団。85年に引退。86年に巨人2軍サブマネジャーを務め、87年にスコアラーに転身。02年にチーフスコアラー。08年から査定を担当。その後、編成統括ディレクターとしてスカウティングや外国人獲得なども行った。2009年にはWBC日本代表のスコアラーも務めた。現在は東京・足立区のフィールドフォースボールパーク2で野球スクール「Sou Baseball Clinic」を開講中。多くの中学生が集まり、名門高校へ送り出している。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>青島健太#3「政治家・青島健太が部活動の地域移行に汗　スポーツで健康を、健康は国力になる」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2024/02/05/heros-comeback4-3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 05 Feb 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[青島健太]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 青島健太 インタビュー セカンドキャリア #1 輝かしい転身　プロ野球選手だった参議院議員#2 オーストラリアでは違う「引退」の定義 現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにできること（インタ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/青島健太/">青島健太</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/01/23/heros-comeback4-1/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#1 輝かしい転身　プロ野球選手だった参議院議員</span></a><span style="text-decoration: underline; margin-left: 30px; color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/01/29/heros-comeback4-2/">#2 オーストラリアでは違う「引退」の定義</a></span><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><br /></span></p>
</div>
<h5><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15849 size-full" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその3-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにできること（インタビュー全3回）#3</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">
<p class="p1">日本維新の会・青島健太参議院議員はかつて慶大野球部、そしてヤクルト・スワローズの選手として神宮の杜を沸かせた。現役引退後はスポーツジャーナリスト、キャスターと転身し、現在は政治家として、スポーツを通して国に元気を与えようとしている。インタビューの最終回は現在取り組んでいる中学の部活動地域移行の本質と課題について。（取材日・2023年12月1日）</p>
</div>
<div> </div>
<div>
<p>■「俺がやるしか、ないだろう」 スポーツで健康に、健康が国力になる</p>
<p><strong>――最終回は青島健太議員の現在の取り組みについてお聞かせください。今、政治家として一番、重きをおいて考えられていることはどのようなことですか？</strong></p>
<p>「国民の健康ですね。若い人だけではなく高齢者の人たちにとっても、健康は大事です。もっと大きく言うと、健康って国力だと思うんです。国力がなければ、経済活動は活性化されない。健康で自分の関わってる仕事に前向きに取り組めるかどうかが、国力そのものなんですよ。だから、日本人をどう健康にしていくかということは日本を元気にして、経済的な繁栄にも繋げていくことにつながると思うのです」</p>
<p><strong>――スポーツにおける課題の一つとして中学校部活動の地域移行問題がありますが、どのような取り組みをされていますか？</strong></p>
<p>「2022年から3年かけて、この問題への取り組みを重点的にやろうという活動が始まってます。顧問の先生の休みが今は全くない。土日にも活動は入るし、平日の午後も子どもたちが帰るまで部活動の指導が続いています。そこから翌日の授業の準備。働き方を見たら、もうとんでもなく過酷な状況に先生が置かれています」</p>
<p><strong>――先生たちの悲鳴も聞こえてきますか？</strong></p>
<p>「もう部活動の顧問をやりたくない、というような声も届いてくる中で、何とかしなくてはいけません。最終的には平日も外部の指導者に見てもらうっていうことを視野に入れていますが、まずは土曜日、日曜日だけその教えられる人に来てもらい、土日の部活動は外部の人に見てもらうっていうことを進めましょうっていう今、アクションが始まっています」</p>
<p><strong>――うまくまだ移行はできていないと感じていますか？</strong></p>
<p>「これがなぜうまくいかないかというと、なかなか十分な対価を払えないし、土日だけで子どもたちを本当に安心、安全に預けられるのかっていう心配も当然あるし、その人材をどう確保するのかということに課題があります」</p>
<p><strong>――土日に大会、公式戦があるので、引率が必要です。</strong></p>
<p>「学校の先生が同行をせず大会に外部の人が連れていくことが本当に中学校の部活動なのかとかという意見もあります。解決しないといけない問題はありますが、一方でメリットも挙げられます。例えば、学校によっては、その競技をやったことがない人が監督をしているケースもあります。でも週末だけ、元・選手だったみたいな人が来てくれたりしたら、子供たちにとってはわくわくする時間だったりすると思うのです」</p>
<p><strong>――プロだった人も来る可能性も？</strong></p>
<p>「さらに上のレベルの指導が待っていたりすると、子どもたちにとって部活動の価値や可能性は高まります。いずれは平日もそういう方々が学校に入ってきて、放課後の部活動も見てもらえるような形になれば理想的です」</p>
<p>■中学部活の危機を救うのは誰なのか？「俺しかいないだろう」</p>
<p><strong>――そういう観点では部活動の地域移行という言葉が一人歩きしている可能性もありますね。</strong></p>
<p>「顧問の先生だけじゃなく、違う指導体制を作って、先生の負担を軽くしながら、子どもたちの部活動の時間を豊かにするにはどうしたらいいのかっていう方法を見つけようとしているのが、地域移行です。週末は総合型のスポーツクラブに行きましょう。なぜなら、ここに指導者がいるからです、というように、地域へ移動するみたいな意味合いの方を呼び名として取っているんです」</p>
<p><strong>――なので、地域移行と呼んでいるのですね。</strong></p>
<p>「文部科学省が言い始めているので、これをどうやってうまく日本流の良い形を作り出すかっていうのも、とても大事なことだと思っています。ここは自分がプロ野球のOBですから、誰がやるんだ、となったら『俺がやるしか、ないだろう』という思いで、取り組んでいます」</p>
<p><strong>――青島さんの部活動への思いはどのあたりから来ているのでしょうか？</strong></p>
<p>「大げさかもしれませんが、今の日本人の良さ、日本人らしさというのは、中学の部活動で作られているものだっていう気がするのです。社会性が芽生えて、またそれぞれの自分の持っている個性をどう自分なりに生かすのかというときに、初めて中学に行ったら、いよいよ吹奏楽部とか、卓球部とか、自分の思いと自分の個性で人生を選択していく」</p>
<p><strong>――同じ思いを持った子たちが集まってくる。</strong></p>
<p>「そこで人間関係が生まれる。1年生、2年生、3年生という世代間の交流もあったりして、悪い面も強調されることも多いんだけど、先輩、後輩っていい面もあるんですよ。先輩がいろいろ教えてくれたり、兄弟関係みたいなものが先輩、後輩の間でもある」</p>
<p><strong>――色々なルールを知るのはこの時期。</strong></p>
<p>「部活の練習が午後1時からと言って、30分くらい前に行って着替えなきゃいけないとか、そういうことや社会性が身に付いたりもする。特に日本の場合はチームとして動くことが多いので、協調性や社会性、他の人を思いやるとかっていうことは、部活動の中で身につけていると思うのです」</p>
<p><strong>――青島さんも部活動で学んだ部分は大きいということですね？</strong></p>
<p>「日本人の一番大事な部分、原型みたいなものは家庭、家族の中にから始まっているのですが、その先にある中学でやっと社会に出会い始めるという感じがしています。その人が生きていくための基本的な形が始まる。僕の場合は部活動での人間形成はすごく大きかった。中学野球で教えを受けたと思っています。部活動の中ではローカルなルールがあったりして、その中で自分をどうやったら、育てられるかを学ぶ場所でもあると思っています」</p>
<p><strong>――古き良き部活動から、新しい時代の部活動への転換期とも言える。</strong></p>
<p>「大げさに言うと中学の部活動が日本人を作っていると思うところもあります。それがこの地域移行に変化しようとしているから、これまでとは違う日本人が出来上がってくる可能性があります。それが良いものであればいいのですが、もしかするとそうでないケースも考えられます。今まですごくいいものが培われていても、違うものに変質してしまう可能性もある。それが部活動にとても興味を持って、取り組もうとしている最大の理由です」</p>
<p><strong>――興味深いテーマですね。どのように変化し、新しいものが生まれるのか楽しみにしています。</strong></p>
<p>「僕らは部活動で教わって、今の自分の原型ができたと思っています。その先には高校野球もあるのですが、これからの子たちが中学でせっかく部活動をやろうとして、そこに身を置いたとき、やっぱり学校のクラブって楽しいよねっていうふうに、今の状況を理解し、課題を解決しながら、新しい時代の部活の形を作ってあげないといけない。子どもたちにとってすごくいい時間が、もしかしたらちょっと今までよりも“勿体ない時間”になりかねないので、そこをすごく今の課題にしています」</p>
</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">青島健太（あおしま・けんた）</span></strong>
<p>1958年4月7日、新潟・新潟市生まれ。埼玉・春日部高から慶大に進学。六大学野球で当時史上最多タイのシーズン６本塁打をマーク。社会人野球へ進み、東芝から１９８４年にドラフト外でヤクルトに入団。８９年に引退後。スポーツライターやスポーツキャスターとして活躍。２００６年にはセガサミー硬式野球部の初代監督に就任し、都市対抗初出場を果たした。１９年には埼玉県知事選に無所属で出馬。落選したが２０２２年に日本維新の会から参院選比例代表で出馬し、当選を果たした。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>青島健太#2 「スポーツジャーナリストの原点　オーストラリアでは違う「引退」の定義」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2024/01/29/heros-comeback4-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 01:37:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[青島健太]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 青島健太 インタビュー セカンドキャリア #1 輝かしい転身　プロ野球選手だった参議院議員#3 スポーツで健康を、健康は国力 政治家として目指すこと 現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにで [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[


<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
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</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/01/23/heros-comeback4-1/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#1 輝かしい転身　プロ野球選手だった参議院議員</span></a><span style="text-decoration: underline; margin-left: 30px; color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/02/05/heros-comeback4-3/">#3 スポーツで健康を、健康は国力 政治家として目指すこと</a></span><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><br /></span></p>
</div>
<h5><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15888 size-full" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその2-1-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにできること（インタビュー全3回）#2</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">　日本維新の会・青島健太参議院議員は慶大、東芝、ヤクルトスワローズでプレーし、現役引退後はスポーツライター、キャスターに転身した。現在は政治家としての活動を行なっているが、その礎となったのがスポーツジャーナリストとして過ごした時間だった。セカンドキャリアを振り返るインタビュー第2回は『伝え手としてこだわっていたこと』について。（取材日・2023年12月1日）</div>
<div> </div>
<div>
<p>■スポーツジャーナリストになったきっかけを青島健太さんに聞く</p>
<p><strong>――第1回目のインタビューの最後では、スポーツジャーナリストになったのはオーストラリアでの経験が大きかったと伺いました。</strong></p>
<p>　「そうですね。私の思っていた引退の概念、定義が違ったのです。オーストラリアの方は様々なスポーツを、年を重ねても楽しんでいます。僕がプロ野球選手を引退したと言うと『なぜ、そういう風な（リタイア・引退）という言葉を使うんだ？』という人もいました。『今度は何のスポーツをやるんだ？』と聞いてくる方もいましたね」</p>
<p><strong>――興味深いです。ゴルフやスカッシュ、ラグビーも自転車、ヨット…オーストラリアではたくさんのスポーツが老若男女、楽しんでいる印象があります。</strong></p>
<p>　「何でもあるので『何か新しいスポーツをまたこれからやればいいじゃないか』とか『何に興味があるんだ？』と当然のように聞かれるんです。私は日本では野球を引退しましたと言ってしまうのですが、向こうの人からすると、『まだ30歳を過ぎたくらいでしょう？』と。自分のやるスポーツが終わったみたいに思っていましたけど、その考え方が、全く違いました」</p>
<p><strong>――スポーツは自分の人生を豊かにするためにやっているものだ、と？</strong></p>
<p>　「オーストラリアの方はスポーツをとても熱心にやっています。それは仲間ができて、楽しいから。良い意味で体が疲れたら、ぐっすり眠ることだってできます。それで食べるご飯も美味しい。スポーツが持つ機能をふんだんに活用しています。日本のプロ野球では監督、コーチ、選手たちは、勝敗に左右される大変なビジネスですが、オーストラリアでは自分の人生を豊かにするためにスポーツがあります」</p>
<p><strong>――そこで感じたことがあったのですか？</strong></p>
<p>　「そういうスポーツを見たときに、自分のスポーツへの考えというのは、ちっぽけで、小さな世界の中にいるなと。自分はスポーツの何を見てきたのかなってオーストラリアで気付くわけです。自分が見聞きしたり、体験したりしたことを書いたりすることによって、多くの方に知ってもらいたいという気持ちになりました」</p>
<p><strong>――そしてペンを手に取ったわけですね。</strong></p>
<p>「その方法論として何があるのかって考えたときに、スポーツライターだと思いました。当時はまだ原稿用紙にペンで文章を書いていた時代です。文房具店に行ってそれらを買えばいい。そこに想いを紡ぐわけです。それが仕事になる。設備投資は一切いらない。在庫を抱えないで済むというのが良かったのです」</p>
<p><strong>――報じる側になって気をつけていたことは何ですか？</strong></p>
<p>　「自分自身がプロスポーツをやっていたからこそ大事にしたのは、自分はそのスポーツを知らない人なんだという風に、まずは設定することです。決して素人のような立場に立ちましょうっていう意味ではなく、おごりを無くすということです。様々なアスリートの話を聞くと、その部分は野球選手が思う同じことだとか、自分の体験の中から野球とすごく紐づくこともたくさんあると感じます。それが後にだんだんわかってきたりすると、面白いのです」</p>
<p><strong>――ライターとしても、キャスターとしても活躍されました。</strong></p>
<p>　「書き手として活動の幅が広がっていく中で、いろいろなオファーが入ってきました。テレビやラジオ、雑誌に新聞…と仕事が広がって、振り返ったら30年やっていました」</p>
<p>■書いてきたことは勝敗や結果ではなく、スポーツ選手としての心理</p>
<p><strong>――書く記事の中で意識していたことはどんなことですか？</strong></p>
<p>　「例えば、巨人で活躍した松井秀喜選手が50本目のホームランを打ったとします。すごいことを事実として報じるべきではあるのですが、私には違うミッションがあると思っていました。一体、何を届けるべきなんだろうということは常に意識していました」</p>
<p><strong>――詳しく教えてください。</strong></p>
<p>「野球を報じれば、野球ファンを拡大することに繋がる。柔道を報じることで、そのファンがもっと増えたらいいなと思うし、ゴルフのことを紹介したら、やっぱりゴルフをやる方が増えたらいいなと思います。スポーツの良さを表現するっていうことが、私のやるべき仕事。だから、その選手が素晴らしいっていうことだけではなくて、スポーツそのものが素晴らしいっていうように変換をすることに努めていました」</p>
<p><strong>――勝った、負けた、打った、抑えたという報道は他のメディアに任せ、自分の視点で物事を伝えるのは大切なことですね。</strong></p>
<p>　「スポーツ選手でも技術を言語化するのが難しい。その表現をいかにわかりやすく置き換えるかということが、大事だと思うんです。正解があるのか、ないのかはわかりませんが、1994年のリレハンメル五輪のときに、スキーのノルディック複合の荻原健司選手が金メダルのかかる試合の前に『楽しみたい』というようなことを言ったような記憶があります」</p>
<p><strong>――緊迫した場面で「楽しむ」…その狙いとは？</strong></p>
<p> 　「アスリートが『楽しみたい』という言葉を使い出したのもこの頃からと思います。もっとローカルな大会で言っている人もいたかもわかりませんが、大きな大会、それもメディアの前では自分の記憶ではそこが最初だったかと思います。決勝戦の前に言っていたのがとても新鮮でした。あとは女子マラソンの有森裕子さんの『自分で自分を褒めてあげたい』の名言。スポーツ選手が『楽しみたい』というのは何を意味しているのかを考えました」</p>
<p><strong>――青島さんとしては何を意味していると考えたのですか？</strong></p>
<p>　「一つは緊張からの解放ですよね。リラックスとか、それを導き出すための魔法の言葉です。ここまで来たのだから、とにかく楽しくやる。その言葉に体が反応して、そのぐらいのことを言わないと緊張が解けないみたいなことでもある。方法論なんです。解説していくと、選手が『楽しみたい』というのはこういう意味ですと、あるいはこの競技において『楽しむ』ということは、こういうふうにやることだと思いますっていうことを解説するのが役目だと思っていました」</p>
<p><strong>――アスリートだったからこその視点で物事を伝えられていた印象が強かったです。</strong></p>
<p>　「勝った人だけでなく、負けにも注目していましたね。すごいしっかりとした準備があった、ないしは敗者としてグッドルーザーである、素晴らしい負け方だっていうふうに負ける方を語ることで、トータルとしてスポーツの良さを表現することになるから、私はそういうメッセージの出し方をしてきたつもりです」<br />（第3回に続く）</p>
</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">青島健太（あおしま・けんた）</span></strong>
<p>1958年4月7日、新潟・新潟市生まれ。埼玉・春日部高から慶大に進学。六大学野球で当時史上最多タイのシーズン６本塁打をマーク。社会人野球へ進み、東芝から１９８４年にドラフト外でヤクルトに入団。８９年に引退後。スポーツライターやスポーツキャスターとして活躍。２００６年にはセガサミー硬式野球部の初代監督に就任し、都市対抗初出場を果たした。１９年には埼玉県知事選に無所属で出馬。落選したが２０２２年に日本維新の会から参院選比例代表で出馬し、当選を果たした。</p>
</div>
<p> </p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>青島健太#1 「現在は輝かしい転身　プロ野球選手だった参議院議員」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2024/01/23/heros-comeback4-1/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 23 Jan 2024 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[青島健太]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 青島健太 インタビュー セカンドキャリア #2 オーストラリアでは違う「引退」の定義#3 スポーツで健康を、健康は国力 政治家として目指すこと 現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにできるこ [&#8230;]]]></description>
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<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/青島健太/">青島健太</a></li>
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<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
</ul>
<p><a href="https://www.athletegai.com/2024/01/29/heros-comeback4-2/"><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">#2 </span><span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, 'Segoe UI', Roboto, Oxygen-Sans, Ubuntu, Cantarell, 'Helvetica Neue', sans-serif; font-size: revert; color: blue; text-decoration-line: underline;">オーストラリアでは違う「引退」の定義</span></a><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;"><span style="color: #0000ff;"><a style="color: #0000ff; text-decoration: underline;" href="https://www.athletegai.com/2024/02/05/heros-comeback4-3/">#3 スポーツで健康を、健康は国力 政治家として目指すこと</a></span><br /></span></p>
</div>
<h5><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-15847" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんその1-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">現在は参議院議員　元プロ野球選手・青島健太　スポーツ界のためにできること（インタビュー全3回）#1</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">日本維新の会・青島健太参議院議員はかつて慶大野球部、そしてヤクルト・スワローズの選手として神宮の杜を沸かせた男である。現役引退後はスポーツジャーナリスト、キャスターと転身し、現在は政治家として、活動を続けている。スポーツの魅力を伝えるため、今日を生きる。インタビューの第1回はそのキャリアを振り返る。（取材日・2023年12月1日）</div>
<div> </div>
<div>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>プロ野球選手からスポーツライター、そして現在は政治家に転身されました。国政に関わりたいと思い始めるようになったのは、いつ頃でしょうか？漠然と思った時期でも構いませんので、教えていただけますか？</strong></p>
<p class="p1">「大学では法学部でした。法律学科と政治学科があり、迷うことなく政治学科を選びました。なので、すぐに『政治家になりたい』という思いになったわけではないですが、政治というものが、世の中を作っていくと思っていました。政治が悪いと国も良くない方向へ進んでしまう。日本の将来を考えたら、政治を学んでおこうと思ったのは間違いないですね」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>慶応大では政治を学びながら、硬式野球部に所属し、東京六大学でも活躍されました。その後、社会人野球の名門・東芝に進まれましたが、政治やプロ野球への意識はどれくらいあったのでしょうか？</strong></p>
<p class="p1">「その頃は逆に（政治からは）少し遠くなっていましたね。でも自分がプロ野球選手になりたいということ自体も、そんなに明確に見えていたわけでもありません。いろいろな道があるだろうなと思っていましたから。幸いなことに大学で少し野球で活躍ができ、それでプロの方にも注目されるようなレベルにまでいきましたが、プロに進むのも、まだまだ力が足りないと思っていました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>プロという選択は見送る形となったのですね。</strong></p>
<p class="p1">「社会人野球に行き、なお自分が伸びる力がつくなら、そのときに（プロの世界へ）行っても遅くないかなと思ったので、社会人野球に行ってみようと。だんだん野球中心の人生観を描くようになっていました。野球に没頭する日々でした」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>東芝からヤクルトにドラフト外で入団することになるのですが、当時は現役選手を辞め、社業に専念する方針を固めていたと聞きました。その時の心の葛藤を教えていただけますか？</strong></p>
<p class="p1">「ここで辞めてしまったら、もう野球を終えるのか、と。途絶えるのか、と。大学卒業の時もそうだったのですが、まだ可能性があるかもしれないと思っていました。自分の可能性を探すというかね。キャリアが終わるというのがリアルに自分の前に来たときに、まだ野球を辞めたくないなと。寂しいというか、悔しいというか<span class="s1">…</span>いや、ここまでやってきたら、やっぱり野球を納得いくまで突き詰めないときっと悔いが残るなという思いが、芽生えたんです」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>東芝の方々も驚いたことと思いますが<span class="s1">…</span></strong></p>
<p class="p1">「会社の方々は猛反対でしたね<span class="s1">…</span>。会社には野球を辞める前提で最後の<span class="s1">1</span>年、プレーをさせてもらっていましたから。『青島はどこの部署で仕事をするんだ？』みたいな形になっていたので、『いや、すいません。野球まだやめられないんです。これからプロ野球に就職活動をしますから』と辞表を提出したら、当該部長から『いや、これは年末まで預かる。ちょっと待て、待て、と』となりましたね」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>プロ野球に就職活動<span class="s1">…</span>当時はドラフト外という制度がありました。</strong></p>
<p class="p1">「プロ野球から話がなかったら、東芝で仕事をしようっていう約束をしました。そこからプロ野球関係者の方に自分から打診をさせてもらいました。年末というか、クリスマスの時期くらいだったかな<span class="s1">…</span>。当時はドラフト外という入り方があったので、今で言うとこの育成枠みたいなことですよね。ヤクルトさんからお話をいただくことができました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>その頃にはもう、新入団選手の発表会見は終わっていましたか？</strong></p>
<p class="p1">「ヤクルトは明大から広沢（克己）くんがドラフト<span class="s1">1</span>位でいましたね。みんな、入団が決まっていてすでに入団会見をやっていました。自分だけ<span class="s1">1</span>月<span class="s1">10</span>日くらいにたった<span class="s1">1</span>人で、ヤクルト本社にて、入団会見をしました」</p>
<p class="p1"><span class="s2">■</span>たった一人の入団会見から<span class="s1">5</span>年後、現役を引退<span class="s1">…</span>青島さんの引き際</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――1989</span>年に引退を決めた時のことを聞かせていただけますか？その後は人生をどういうふうに歩んでいこうって思われたのでしょうか？</strong></p>
<p class="p1">「<span class="s1">4</span>年目くらいから、とてもは不本意な日々が続いたんです。両方のふくらはぎの肉離れというか、筋膜炎みたいなものがあり、走れなくなりました。その前年に立大からカズ（長嶋一茂）がドラフト<span class="s1">1</span>位で入ってきました。ポジションも同じサード。私がファームにいる時間がすごく多くなりました。しかも、ファームで走れない、動けないという事態になったときに、どこかのタイミングから『これはもう潮時かな』ってネガティブなことが頭をよぎるようになりました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>メンタルから崩れていったのですか？</strong></p>
<p class="p1">「メンタルがやられなければ、『よし！また行くぞ！』と気持ちで盛り返すのですが、歳を重ねて、戦っている本線から少しずつ外れていくと、何か心が折れていくというのがわかリます。その敗北を受け入れていくと、マイナスの方向に心が育ってしまう。それが結構、厄介なのです。アスリートは多分そういうものだと思うんですよね」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>引退後はスポーツジャーナリストとしての取材者としての活動が始まりましたが、野球を辞めて、改めて思ったことはありますか？</strong></p>
<p class="p1">「自分自身、それなりに野球を辞めても、違う世界で活躍する、何か他の人と違うことをやってやろうっていう思いは、ずっと持ってはいました。私、引退後はオーストラリアに行きました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>スポーツジャーナリストになる前のことですか？</strong></p>
<p class="p1">「はい、オーストラリアへ日本語の教師として渡りました。きっかけは当時、住んでいた近くに図書館がありまして、新しい仕事を探そうと思ったわけじゃないのですが、何かヒントになるような書物などがあるかなと思って。たまたま、図書館にオーストラリアから来ている留学生がいました。日本語を勉強していたのでコミュニケーションをとっていたら、その人と仲良くなって。そこから、ひと月ぐらい、彼と約束をして、毎日、日本語を教えてあげたり、英語を教えてもらったりしていました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>年齢はいくつくらいの方だったのですが？</strong></p>
<p class="p1">「オーストラリア人で、<span class="s1">30</span>代後半くらいの男性でした。結構、熱心にやってくれましたし、日本語を教える作業が楽しかったです。ちょっと調べたら、東京・文京区に日本語教師を養成している学校がありまして、仕事ではなく、インターンみたいな形で行ってきました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>日本語を教えるという夢は叶ったのですか？</strong></p>
<p class="p1">「メルボルンから北にいったビクトリア州の小さい町、ケラングという<span class="s1">4000</span>人ぐらいの小さな町の中にある中高一貫校に行きました。そこに中学生と高校生<span class="s1">20</span>人ずつぐらいの日本語専攻している子どもたちいるんです。そこに臨時のアシスタント的な日本語教師として、教えていました。そこで正規採用のような形ができれば良かったのですが、ビザの問題などもあり、教師にはなれなかったのですが、日本語を教えることはできました」</p>
<p class="p1"><strong><span class="s1">――</span>そこで日本に戻られて、ジャーナリストの道へ。スポーツを見る目も変わったとお聞きしました。</strong></p>
<p class="p1">「スポーツの書き手としての全ての原点は、オーストラリアで過ごした時間ですね。そこで考え方が変わるというか、自分が成長したとも言えます。今までとは違う発想を持てるようになったのは、今、議員をやっていることも含めても同じです。日本でプロ野球の選手として、自分なりにけじめをつけて、オーストラリアに行きました。移住も視野に入れながら渡りましたが、向こうに行って、リタイアの概念が違ったのが大きかったです」</p>
</div>
<div> </div>
<div>（第2回に続く）</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter wp-image-15850 size-full" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png" alt="" width="4032" height="3024" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用.png 4032w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-300x225.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1024x768.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-576x432.png 576w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-768x576.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-1536x1152.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2024/01/青島健太さんプロフィール用-2048x1536.png 2048w" sizes="(max-width: 4032px) 100vw, 4032px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">青島健太（あおしま・けんた）</span></strong>
<p>1958年4月7日、新潟・新潟市生まれ。埼玉・春日部高から慶大に進学。六大学野球で当時史上最多タイのシーズン６本塁打をマーク。社会人野球へ進み、東芝から１９８４年にドラフト外でヤクルトに入団。８９年に引退後。スポーツライターやスポーツキャスターとして活躍。２００６年にはセガサミー硬式野球部の初代監督に就任し、都市対抗初出場を果たした。１９年には埼玉県知事選に無所属で出馬。落選したが２０２２年に日本維新の会から参院選比例代表で出馬し、当選を果たした。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>柴田章吾#3 「東南アジアで叶えたい夢」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2023/12/25/heros-comeback3-3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[野球振興]]></category>
		<category><![CDATA[柴田章吾]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 柴田章吾 インタビュー 野球振興 セカンドキャリア #1 難病でもプロになれた理由 #2 巨人に入って掴めなかったチャンス 元巨人投手・柴田章吾さんが描く夢　東南アジアで叶えたい夢 #3 　厚生労働省指定の難病「ベ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[


<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/柴田章吾/">柴田章吾</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球振興/">野球振興</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
</ul>
</div>
<p style="text-align: center;"><a href="https://www.athletegai.com/2023/10/30/heros-comeback3-1/"><span style="text-decoration: underline; color: blue;">#1 難病でもプロになれた理由 </span></a><a href="https://www.athletegai.com/2023/10/30/heros-comeback3-2/"><span style="text-decoration: underline; color: blue;">#2 巨人に入って掴めなかったチャンス</span></a></p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-15779" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回.png" alt="" width="4500" height="3000" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回.png 4500w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-1024x683.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-648x432.png 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-768x512.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-1536x1024.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-2048x1365.png 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第3回-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 4500px) 100vw, 4500px" /></p>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">元巨人投手・柴田章吾さんが描く夢　東南アジアで叶えたい夢 #3</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">　厚生労働省指定の難病「ベーチェット病」と闘いながら甲子園に出場、プロ野球選手となった元巨人の育成投手・柴田章吾さんは、2014年に現役引退。外資系総合コンサルティング会社を経て、現在は起業家として活躍中。目的は東南アジアの野球振興と、“アジア甲子園大会”の開催。恵まれない環境でも野球を楽しみ、未来を切り開く手段になることを伝えている。また、プロ野球を引退した後でも活躍できる人材育成にも力を注いでいる。</div>
<br><p><strong>――独立されてからの今、目指していることとやりたいことはなんですか？</strong></p>
<p>「東南アジアで野球振興をすることです。僕は順風満帆に野球をしてきたわけではなく、病気や困難をたくさん経験しているので、恵まれない環境で野球を続けることの難しさやできた時の喜びを伝えていくことは、僕しかできないことじゃないかなって」</p>
<p><strong>――すでにフィリピンでは子どもたちと野球教室を開催した</strong></p>
<p>「起業した時に、巨人球団へご挨拶に行き、東南アジアでの野球普及活動のプランを話しました。その結果、2020年にジャイアンツが来比し、僕がフィリピンで立ち上げた団体と一緒に野球教室を開催してくれたんです。こういった普及活動を通じて自分にしかできない貢献を続けたいと思っています」</p>
<p><strong>――現在はフィリピンだけですか？</strong></p>
<p>「フィリピンだけでなく、インドネシアなど東南アジア全土に活動の幅を広げたいと考えています。2024年の7月(仮)にはジャカルタで州対抗の高校野球、インドネシア版の“甲子園大会”を実施するために企画しています」</p>
<p><strong>――フィリピンでの野球教室やアジア甲子園大会を通じて、目指すものは何ですか？</strong></p>
<p>「この活動は結果的に日本の野球界にとても好影響を与えるものになると思っています。東南アジアの子どもたちが日本の野球から礼儀や礼節を学びながら、ゆくゆくはスターを生み出したいです」</p>
<p><strong>――そのほかにもプロ野球選手のセカンドキャリアを支援する活動もされている。ご自身のセカンドキャリアのビジネスも軌道に乗ったように見えます。</strong></p>
<p>「プロ野球選手になれる人はほんの一握り。そこに到達できたのだから、社会に出ても何とかなるんじゃないかという根拠のない自信がありました。元々勉強は好きでしたし、色んな仕事に興味があったので、野球以外のスキルがどれぐらい通用するんだろうと試したい気持ちもありました」</p>
<p><strong>――根拠のない自信と言いましたが、支えているのはどのような部分ですか？</strong></p>
<p>「自分の可能性を信じるということです。病気になっても甲子園に出られたのも、プロ野球選手になれたのも、自分のことを信じてたから。途中で自分のことを諦めなかった。それは仕事をやっていても一緒なんじゃないかなと思っています」</p>
<p><strong>――最近ではベトナムで野球教室をしたり、フィリピンのスラム街にも足を運ばれた。</strong></p>
<p>「メジャーリーグでもスラム街にスタジアムを作って、周辺を浄化するという活動をしています。同じようなことを東南アジアでもやりたい。それこそ野球は日常生活に必要なことではないけども、国民の生活自体が向上するという証明ができれば、野球をやってくれる人が増え、マーケット、国全体も盛り上がり、そこに経済的な支援もついてくる。そういったことをやっていきたい」</p>
<p><strong>――思いに賛同してくれる選手がこれからも出てきそうですね。</strong></p>
<p>「わずか数年でできるとは思っていません。文化を根付かせていくという行為は、20年、30年とかかるかもしれない。もしかしたら、僕が生きている間には完成しないかもしれない。それでも、僕はやります。スラム街の子供たちに夢を持って生きてもらいたい。そのために、誰よりも僕が夢に向かって生きている姿勢を持ち続けたいんです」</p>
<p>終わり</p>
<h5 style="padding: 9px 10px; border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 14pt;">プロフィール</span></h5>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-15729 size-medium alignnone" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg" alt="" width="145" height="97" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg 2560w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-300x200.jpg 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1024x683.jpg 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-648x432.jpg 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-768x512.jpg 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1536x1024.jpg 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-2048x1365.jpg 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 145px) 100vw, 145px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">柴田章吾（しばた・しょうご）</span></strong>
<p>1989年4月13日、三重県生まれ。中学３年の４月から国指定の難病、慢性疾患「ベーチェット病」の闘いながらも愛工大名電で甲子園出場。マウンドにも立った。明大から2011年育成ドラフト3位で巨人に入団。支配下登録を目指すも2014年2月の宮崎キャンプ中に虫垂炎を発症。1軍登板はなく、同年で現役引退。ジャイアンツアカデミーのコーチとして野球振興に携わり、経営者としても活躍中。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>柴田章吾#2「巨人に入って掴めなかったチャンス」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2023/12/18/heros-comeback3-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[野球振興]]></category>
		<category><![CDATA[柴田章吾]]></category>
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					<description><![CDATA[野球 柴田章吾 インタビュー 野球振興 セカンドキャリア #1 難病でもプロになれた理由#3 東南アジアで叶えたい夢 元巨人投手がセカンドキャリアを支援　柴田章吾さんが巨人で掴めなかった1軍のチャンス（インタビュー全3回 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[


<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/柴田章吾/">柴田章吾</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球振興/">野球振興</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
</ul>
</div>
<p style="text-align: center;"><a href="https://www.athletegai.com/2023/12/11/heros-comeback3-1/"><span style="text-decoration: underline; color: blue;">#1 難病でもプロになれた理由</span></a><a href="https://www.athletegai.com/2023/12/25/heros-comeback3-3/"><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;">#3 東南アジアで叶えたい夢</span></a></p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-15785" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回.png" alt="" width="4500" height="3000" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回.png 4500w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-1024x683.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-648x432.png 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-768x512.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-1536x1024.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-2048x1365.png 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第2回-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 4500px) 100vw, 4500px" /></p>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">元巨人投手がセカンドキャリアを支援　柴田章吾さんが巨人で掴めなかった1軍のチャンス<br />（インタビュー全3回）#2</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">厚生労働省指定の難病「ベーチェット病」と闘いながら甲子園に出場、プロ野球選手となった元巨人の育成投手・柴田章吾さんは、2014年に現役引退。外資系総合コンサルティング会社を経て、現在は起業家として活躍中。巨人時代は多くの出会いがあり、柴田氏を成長させた。1軍登板は果たせなかったが、支配下登録まではあと一歩のところまで来ていた。</div>
<br><p><strong>――巨人に入ってから、どんなプロ生活だった？</strong></p>
<p>「育成選手だったのでなんとかして支配下選手になろうと思って、一生懸命練習しました」</p>
<p><strong>――分岐点となったのは、プロ3年目のグアム自主トレだった</strong></p>
<p>「巨人入団後にも多くの選手に支えられました。育成選手時代には当時1軍で活躍していた内海哲也さん（現・巨人投手コーチ）や山口鉄也さん（現・巨人2軍投手コーチ）のグアムでの自主トレに参加させていただきました」</p>
<p><strong>――報道では、費用を負担してもらい、練習を一緒に行った、と。どんなお気持ちでしたか？</strong></p>
<p>「本当にすごいことが起きている…と感じました。チャンスだなと。嬉しい気持ち半分と、頑張らないといけない気持ちが半分でした。練習内容や環境が素晴らしくすごい充実した時間でした」</p>
<p><strong>――迎えた初の1軍キャンプ</strong></p>
<p>「自主トレを終えて、キャンプインまでとても調子が良く、3年目のシーズンは行けると思っていました。1軍練習に合流する予定もあって、とてもワクワクしていたんですが、いきなりお腹が痛くなってしまって」</p>
<p><strong>――持病が悪化した？</strong></p>
<p>「再発したのかなと最初は思いました。でも、隠しながらやっていかないとチャンスを手放してしまうと思って。その夜は眠れなくて、朝5時を迎えました」</p>
<p><strong>――そこから病院に？</strong></p>
<p>「いえ。なんとかしないといけなかったので、お腹を温めようと宿舎の大浴場で体を温めにいきました。水風呂と交代浴をしたりと体調をごまかすために色々試したのですが、激痛が収まらず大浴場で倒れてしまいました」</p>
<p><strong>――倒れてしまった後のことは？</strong></p>
<p>「先輩が見つけてくれて、救急車を呼んでくれました。キャンプ2日目の朝のことです。病院に行ったら、虫垂炎とのことでした。そこから腹部を切る手術をしてリハビリ期間に入ったので、野球ができるまでは時間がかかってしまいました」</p>
<p><strong>――体の変化はありましたか？</strong></p>
<p>「手術を受けたお腹に力が入らなくて。140キロ前後の平均速度が110キロくらいしか出なくなってしまって。もう野球人生が終わってしまうと覚悟しました」</p>
<p><strong>――1軍登板はなく、その年、戦力外通告を受けている</strong></p>
<p>「引退を決意する良いきっかけになったのかなと思います。もし腹痛がなく、1軍を少しでも経験することができたら、まだできたんじゃないかと思ってしまったかもしれません。この大事な時期に自分はこんな境遇になったんだったら、もう選手として活躍するのは難しいのかなと思いました」</p>
<p><strong>――球団からのオファーは</strong></p>
<p>「ありがたいことに、ジャイアンツアカデミーという野球振興部のお仕事をいただきました。野球を子どもたちに教える中で、これまで感覚でやっていた部分を言語化できるようになりました。小さい子に野球を教えるほど難しいことはないので」</p>
<p><strong>――球団職員の仕事はいかがでしたか？</strong></p>
<p>「僕は子どもが大好きなので、やりがいと楽しさはありました。ただ、自分自身、海外で働くことにとても興味があったので、語学を学んで視野を広げたいという思いもありましたね」</p>
<p><strong>――就職活動を始めた？</strong></p>
<p>「当時は前例がありませんでしたが、自ら外資系総合コンサルティング会社へ応募し、働くチャンスを得ました。そこで様々なことを学んで、独立して、今があります」</p>
<p>（第3回に続く）</p>
<h5 style="padding: 9px 10px; border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 14pt;">プロフィール</span></h5>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-15729 size-medium alignnone" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg" alt="" width="145" height="97" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg 2560w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-300x200.jpg 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1024x683.jpg 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-648x432.jpg 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-768x512.jpg 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1536x1024.jpg 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-2048x1365.jpg 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 145px) 100vw, 145px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">柴田章吾（しばた・しょうご）</span></strong>
<p>1989年4月13日、三重県生まれ。中学３年の４月から国指定の難病、慢性疾患「ベーチェット病」の闘いながらも愛工大名電で甲子園出場。マウンドにも立った。明大から2011年育成ドラフト3位で巨人に入団。支配下登録を目指すも2014年2月の宮崎キャンプ中に虫垂炎を発症。1軍登板はなく、同年で現役引退。ジャイアンツアカデミーのコーチとして野球振興に携わり、経営者としても活躍中。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>柴田章吾#1「国指定の難病を患っても…プロになれた理由」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2023/12/11/heros-comeback3-1/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Dec 2023 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[柴田章吾]]></category>
		<category><![CDATA[野球]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[セカンドキャリア]]></category>
		<category><![CDATA[野球振興]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.athletegai.com/?p=15726</guid>

					<description><![CDATA[野球 柴田章吾 インタビュー 野球振興 セカンドキャリア #2 巨人に入って掴めなかったチャンス#3 東南アジアで叶えたい夢 元巨人投手がセカンドキャリアを支援　巨人で掴めなかった1軍のチャンス（インタビュー全3回）#1 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 80px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球/">野球</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/柴田章吾/">柴田章吾</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/野球振興/">野球振興</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 200px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/セカンドキャリア/">セカンドキャリア</a></li>
</ul>
</div>
<p style="text-align: center;"><a href="http://athletegai.com/2023/12/18/heros-comeback3-2/"><span style="text-decoration: underline; color: blue;">#2 巨人に入って掴めなかったチャンス</span></a><a href="https://www.athletegai.com/2023/12/25/heros-comeback3-3/"><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;">#3 東南アジアで叶えたい夢</span></a></p>
<h5><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-15783" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回.png" alt="" width="4500" height="3000" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回.png 4500w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-300x200.png 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-1024x683.png 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-648x432.png 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-768x512.png 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-1536x1024.png 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-2048x1365.png 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/12/柴田章吾第1回-272x182.png 272w" sizes="(max-width: 4500px) 100vw, 4500px" /></h5>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">元巨人投手がセカンドキャリアを支援　巨人で掴めなかった1軍のチャンス（インタビュー全3回）#1</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">厚生労働省指定の難病「ベーチェット病」と闘いながら甲子園に出場、プロ野球選手となった元巨人の育成投手・柴田章吾さんは、2014年に現役引退。外資系総合コンサルティング会社を経て、現在は起業家として活躍中。夢を追い求め、フィリピン、インドネシアに渡り、活動の幅を広げている。病気で苦しい思いをしてもプロ野球選手になった過程を紹介する。<br />（取材日・2023年10月24日）</div>
<div> </div>
<div><strong>――現役を引退して間もなく10年が経とうとしていますが、引退をしてから今はどのように過ごしてきましたか？</strong></div>
<div> </div>
<div>「現役引退をしてから、巨人から球団職員の仕事をいただきました。ジャイアンツアカデミーで幼児から小学生に野球を教える仕事をする中で、海外で仕事をしたいという気持ちが芽生えてきました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――引退後に留学もした？</strong></div>
<div> </div>
<div>「巨人の球団職員をやりながら、次のキャリアの準備をしていました。その中で、外資系のコンサルティング会社に入社する機会を得て、ITコンサルの仕事に挑戦しました。その前に英語を話せるようになりたいと思って、イギリスとフィリピンにホームステイをしたんです」</div>
<div> </div>
<div><strong>――留学で得られたことは？</strong></div>
<div> </div>
<div>「地域の子どもたちに『野球を教えるから英語を教えて』と頼んで、一緒に遊んでいました。フィリピンでは、本格的に野球を教えて欲しいと頼まれるようになり、『東南アジアの子どもたち向けに野球アカデミーを作るのは、誰もやったことがない上にとても可能性があるのではないか』と思うようになりました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――外資系企業勤務をしながら、知識とスキルをつけて、独立。アカデミー設立への思いはどのように実現をしていこうと？</strong></div>
<div> </div>
<div>「仕事と同じくらいの熱量を持って、フィリピンで野球アカデミーを設立することに力を注ぎこみ、2020年1月に現地でワンルームのマンションを借りて引越をし、いよいよ本腰を入れて取り組もうとした矢先に、新型コロナウイルスの感染拡大ですぐに帰国を余儀無くされました。東南アジアでの野球アカデミー事業は一旦暗礁に乗り上げたものの、どうしても夢を諦めきれず、今年（2023年）もう一回、やってみようとトライしました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――柴田さんの原動力はどのような部分なのですか？</strong></div>
<div> </div>
<div>「おかげさまで、独立後に活動しているコンサルティングの仕事は順調にクライアントの数も増えていき、普通に生活を送ると言う意味では何不自由ない状態になりました。その意味では非常に恵まれているとも言えます。ですが、それではどこか物足りない。僕には夢がある。病気をしたり、怪我をしたりするたびに、僕は人生の多くの部分を野球から教わり、野球のおかげで生きる力を得てきた部分がありますから。」</div>
<div> </div>
<div><strong>――病気とは？</strong></div>
<div> </div>
<div>「ベーチェット病という厚生労働省指定の難病です。死んでしまうのではないかという思いにもなったこともあります。フィリピンの野球環境も決して恵まれているわけではありません。苦しい中から、野球の魅力を伝えられるのは、僕しかできないことじゃないかなって思っています」</div>
<div> </div>
<div><strong>――この病気はどのようなものなのでしょうか？</strong></div>
<div> </div>
<div>「腹痛や嘔吐、練習中に倒れることもありました。医師からも野球を続けるのはおろか、運動することも難しいと言われたこともありました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――愛知の強豪・愛工大名電高校のご出身ですが、仲間と一緒に練習できない自分を悔やんだ時期もあったのではないですか？</strong></div>
<div> </div>
<div>「みんなと同じ練習ができなかったことに悔しい思いはしました。それでも恩師である愛工大名電・倉野光生監督や仲間の支えもあり、最後の夏は甲子園にも出場するまで復調して、憧れの聖地のマウンドにも立つことができました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――最後の夏は間に合ったんですね</strong></div>
<div> </div>
<div>「はい。3年になってからは少しずつ練習ができるようになっていました。愛知大会の準々決勝から登板しました。マウンドに立ったら、腰が痛くて、10-0とリードをもらっていた状態でリリーフをしたのですが、僕が投げて3点を取られてしまいました。でも準決勝、決勝と不思議と痛みが消えました」</div>
<div> </div>
<div> </div>
<div><strong>――甲子園に出場し、明大に進学した理由は病気も少し関係していた</strong></div>
<div> </div>
<div>「ありがたいことに東京の六大学からオファーをいくつかいただきました。でも自分は病気を持っているということもあって、全く知らない環境で、一から病気の説明を周囲にするよりかは、高校の3学年上の池田樹哉先輩がいる明治大学を選びました」</div>
<div> </div>
<div> </div>
<div><strong>――大学野球はどのようなスタートに？</strong></div>
<div> </div>
<div>「同学年に広島カープで活躍している野村祐輔投手がいて、2人で1年生の春からデビューすることができました。高校までMax142キロだったのに、入学後すぐに146キロが出たんです。あれ、もしかしたら（プロ野球選手に）なれるかもと思いました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――リーグ戦も怪我との戦いだった？</strong></div>
<div> </div>
<div>「ヘルニアになってしまって…2年生の時にまた試合で投げることはできたのですが次は腰椎分離症になりしました。高校時代に基礎練習ができていなかったので、パフォーマンスに追いつけず、腰に負担が来たのだと思います。腰痛明けには、ついにイップスにもなってしまいました」</div>
<div> </div>
<div><strong>――それでもプロへの道は続いていた？</strong></div>
<div>　</div>
<div>「イップス症状が出てからは選手として評価されるような結果が残せず、大学3年生の終わり頃からみんな進路が決まりだすのですが、僕と楽天にいる阿部寿樹だけ進路が決まってなかったんですよ。最後の最後に、阿部と2人で社会人チームのセレクションを受けにいったら自分だけ落ちてしまったんです」</div>
<div> </div>
<div><strong>――その後はどうしたんですか？</strong></div>
<div> </div>
<div>「やばい、やばいとなって、その後にジャイアンツと明大のファーム交流試合が8月にあったので、監督の厚意でアピールの場を準備してくれました。その登板が3イニング無失点の完全投球。その試合を見てくれた巨人のスカウトさんから話を頂きました]</div>
<div> </div>
<div> </div>
<div><strong>――2011年のドラフト会議に育成3位で巨人に指名され、晴れてプロ野球選手になれました。苦しい道のりを経て、夢を実現した当時の気持ちは？</strong></div>
<div> </div>
<div>「病気や怪我、イップスになっても、諦めずに頑張っていればプロ野球選手になれる。夢は諦めなければ叶うということを知りました」</div>
<div> </div>
<div>（第2回に続く）</div>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-15729 size-medium alignnone" style="width: 150px; margin: 30px 0;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg" alt="" width="145" height="97" srcset="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-scaled.jpg 2560w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-300x200.jpg 300w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1024x683.jpg 1024w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-648x432.jpg 648w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-768x512.jpg 768w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-1536x1024.jpg 1536w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-2048x1365.jpg 2048w, https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/11/プロフィール用-272x182.jpg 272w" sizes="(max-width: 145px) 100vw, 145px" /><br /><strong><span style="font-size: 22px;">柴田章吾（しばた・しょうご）</span></strong>
<p>1989年4月13日、三重県生まれ。中学３年の４月から国指定の難病、慢性疾患「ベーチェット病」の闘いながらも愛工大名電で甲子園出場。マウンドにも立った。明大から2011年育成ドラフト3位で巨人に入団。支配下登録を目指すも2014年2月の宮崎キャンプ中に虫垂炎を発症。1軍登板はなく、同年で現役引退。ジャイアンツアカデミーのコーチとして野球振興に携わり、経営者としても活躍中。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>内藤大助#3「ボクシング界の未来」</title>
		<link>https://www.athletegai.com/2023/11/06/heros-comeback2-3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[athletegai]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 06 Nov 2023 00:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[HERO'S COME BACK～あのヒーローは今～]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ボクシング]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.athletegai.com/?p=15031</guid>

					<description><![CDATA[ボクシング 内藤大助 インタビュー #1 世界王者への第一歩#2 予期せぬバイト生活 引退したからわかる切り開きたいボクシング界の未来　元プロボクサー・内藤大助氏の責任（インタビュー全3回）#3 ボクシング元WBC世界フ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div style="text-align: center;">
<ul>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/ボクシング/">ボクシング</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 100px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/内藤大助/">内藤大助</a></li>
<li style="background: #ec6d74; margin: 5px; display: inline-block; font-weight: bold; letter-spacing: 4px; width: 150px; padding-left: 5px; text-align: center;"><a style="color: #ffffff;" href="https://www.athletegai.com/tag/インタビュー/">インタビュー</a></li>
</ul>
</div>
<p style="text-align: center;"><a href="https://www.athletegai.com/2023/10/23/heros-comeback2-1-2/"><span style="text-decoration: underline; color: blue;">#1 世界王者への第一歩</span></a><a href="https://www.athletegai.com/2023/10/30/heros-comeback2-2/"><span style="text-decoration: underline; color: blue; margin-left: 30px;">#2 予期せぬバイト生活</span></a></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="size-full wp-image-2712 alignleft" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/07/interview20230703_3-2-scaled.jpg" alt="" width="640" height="480" /></p>
<h5 style="border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 15pt;">引退したからわかる切り開きたいボクシング界の未来　元プロボクサー・内藤大助氏の責任（インタビュー全3回）#3</span></h5>
<div style="border: 1px solid #c9c9c9; padding: 10px; background: #f2f2f2;">ボクシング元WBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助さんは現役引退後、解説者やタレントとして活躍中。最近では、ボクシングの振興や自身がいじめられた体験などをテーマにして、講演やYouTubeなどで活動を行っている。ボクシングとの出会いで過去の自分を払拭し、心の強さを手に入れた内藤氏。3回目の最終回はV18を目指した王者を撃破し獲得した世界王座までの秘話と引退後の内藤氏が考える未来について。</div>
<p style="margin: 40px 0px 40px;"><strong>■ラーメン店で修行も考えた…感動的な世界戦のリング</strong></p>
<p>2005年10月。2度目の世界戦を行いました。相手は同じタイのポンサクレックです。自分の知り合いがお金集めをしてくれたおかげで世界戦ができました。</p>
<p>2度目の世界戦は後楽園ホール。7回負傷判定負けでチャンピオンにはなれませんでした。諦めも大事なので負けたら引退しようと思っていました。でも諦められなかった。また頑張ったら、3度目の世界戦のチャンスをもらったんです。</p>
<p>そうしたら、また相手がポンサクレック。WBCで17連続フライ級では最長です。バケモンです。誰が勝てるかって話です。18度目の相手としてまた僕が選ばれました。2度とやりたくないと思った相手と3回も戦うことになるとは……。3度目の世界戦のリングに何とか上がらせてもらえたのも、スポンサーさんがいないとできないんです。自分の親が大金持ちだったら、ボクシングが強いと言うんだったらできるかもしれない。だけど、プロの世界はビジネスですから。</p>
<p>3度目の世界戦の前のこと。僕は負けたら今度こそ、ボクシングを辞めて、都内にある自分の知り合いのラーメン屋さんで働くことをもう決めていました。その方は弟子をとらないんですけど、付き合いが長いので「内藤くんだったらいいよ」って言ってくれていました。</p>
<p>その方に「ボクシングを引退する日が来ました。正式に引退が決まったので、僕に仕事させてください」って伝えました。そうしたら「働くことはいいんだけど、なぜ決まったの？」と聞かれたので「3度目の世界戦が決まったんですが、ポンサクレックが相手なので、あいつには勝てません。試合が終わったらすぐに修行をまずお願いします」って言いました。僕が世界チャンピオンなっていなかったら、今頃、行列のできるラーメン屋の店員だったと思いますよ（笑）。</p>
<p>3回目の世界戦はご存知の方もいると思いますが、2007年7月18日。後楽園ホールでポンサクレックを倒すことができました。32歳と10か月。2回負けているので、研究もしました。僕は結構、石橋を叩いて渡る性格なんです。だから練習もした。少し話がずれてしまうかもしれないけど、将棋が好きなんです。詰め将棋をよくやりました。詰め将棋やボクシングも、こうやったら、あえてこう来るか、そこにこう来て、それをかわせたらこうだなとか、イメージする。やっぱり、先を読まなきゃ駄目と思ってるんです。</p>
<p>世界王座を獲得することができて、いろいろと考えました。僕をインターネット上で叩く人もいましたし、「どうして、そこまで頑張るの？」「何のために頑張っているの？」ってたくさん聞かれました。僕は、自分のためだけに頑張ることができなかったんですね。頑張れた理由は応援してくれる人を喜ばせたかった。応援してくれる人がいなければ今の自分がなかったという思いでずっといましたね。</p>
<p>タイトルマッチも周囲の支えがなければできなかった。僕は知っています。「すまん、諦めてくれて。金が集まらないからもう無理だ」と言われて、日本で一番強い称号を持ったままボクシングを辞めていった人を。僕も世界戦を戦うために「金を持ってこい」と言われましたけど、試合交渉してくれたジムや、お金を集めていろいろご協力してくださった皆さんのおかげで、僕は3度、世界戦のリングに立つことができました。</p>
<p>本当に感謝です。アスリートって1人だけ優れてても自分だけ優れてても、成り立たない。だから僕はいろんな人のおかげでチャンピオンにならせてもらったなという思いでいます。</p>
<p>今、ボクシングの人気がちょっと下がっていると思っています。また、人気向上に貢献したい。恩返ししたい。多くのボクシングジムもたたんでいる。僕はイベントに出演をさせてもらったり、事務所からのお仕事をしています。当時、現役で芸能事務所とマネジメント契約を結んだ人はいなかった。僕の後に増えたんだと思います。</p>
<p>当時からそういう活動の仕方をしていましたが、セカンドキャリアを歩んでいくプロボクサーのために、どういうふうにしてあげていきたいかというと、まずはコミッショナーや協会に明確なルールを作ってもらいたいなと思います。仕事をしていいとか、報酬はどうするとか、選手のこともボクシング界のことを考えた規約を出してほしい。やっぱり、ある程度、現役のときから次のことも考えながらやっていこうよって言いたいかな。</p>
<p>一生、続けていくことができないのがプロのアスリート、ましてやボクシングは選手生命が短いです。やっぱり、選手たちにはある程度、現役のときからちょっとは考えておいた方がいいのかな。そう伝えたいです。僕は何も考えてやってなかったから。</p>
<p>これから、僕はジムをやっていきたいなと思っています。でも、まだいい場所が見つからなくて…。プロへの加盟は今は考えていません。僕はボクシングで人生変えてもらった。ボクシングはすごくいいスポーツだよっていうのを広めていきたいんです。例えば、僕と同じように心に何か抱えてる子とかに。あとはフィットネス、体を鍛える、痩せることとかも教えたい。障害を持つ人にも伝えたいです。</p>
<p>以前、知的障害者の方にボクシングを教えたことがありました。みんな、嬉しそうに、楽しそうにやっていました。「あー！内藤さんだ！」って僕のことを知っていてくれました。それが嬉しくてね。自分は喜んでもらえるのが大好きなんです。初対面なんだけど、僕の手を“ギュッ”っと握って、頼りにしてくれた。こんな、俺を頼りにしてくれんだなと思って。</p>
<p>理想だけでは、食べていけないじゃないすか。だけど、どうせだったら自分のやりたいこと、好きなことをやりたい。引退してから、そういう思いはなかったんですけど、もう2年ぐらい前から、ボクシングを教えたいって思うようになったんです。とにかく、自分を変えたいとか、やっぱ何か夢を持ってる人たちが教えたいですね。</p>
<p>こんなどうしようもない自分を変えてくれたのはボクシングなんです。だから、そのボクシングの良さを教えたいし、ボクシングで人生は変われるんだよって伝えたい。僕はこれから、そういう人生を目指していきます。</p>
<p>（終）</p>
<h5 style="padding: 9px 10px; border-bottom: 2px solid #ccc; margin: 2.4em 0 1em;"><span style="font-size: 14pt;">プロフィール</span></h5>
<div style="border: 1px solid #8c8c8c; padding: 10px; background: #ffffff; min-height: 170px;">
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-5270" style="width: 150px; margin: 20px 0 0 20px;" src="https://www.athletegai.com/wp-content/uploads/2023/07/interview20230703_1-scaled.jpg" alt="" /></p>
<p><strong><span style="font-size: 22px;">内藤 大助（ないとう だいすけ）</span></strong></p>
<p>1974年8月30日生まれ。北海道出身。卒業後に上京し宮田ボクシングジムに入門。1996年にプロデビューし、1998年12月に全日本フライ級新人王を獲得。2004年に日本フライ級王座を獲得。2006年には日本・東洋太平洋王座の2冠。2007年には3度目の挑戦で見事、WBC世界フライ級王座を獲得した。現役引退後はタレントや講演活動などを行っている。</p>
</div>
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