【令和の断面】vol.92「ビッグボスは異邦人かそれとも改革者か」

令和の断面


「ビッグボスは異邦人かそれとも改革者か」

 前々回の当コラムで、メジャーリーグを経験している監督が「新しい時代を作るかもしれない」と書いた。
 ロッテの井口資仁監督、楽天の石井一久監督、ヤクルトの高津臣吾監督だ。
 いままでの日本の野球観に縛られず、メジャーの良いところを取り入れて開放的な野球を展開する。それがCS(クライマックスシリーズ)進出の原動力になっているのではないか…と、期待を込めて取り上げた。
 しかしその時には、この人のことは正直に言って、まったく想定していなかった。
 北海道日本ハムファイターズの監督に就任した「ビッグボス」こと新庄剛志新監督である。

 いや、さすがにこれは驚いた。
 確かにメジャーリーグでの実績を考えれば、新庄氏も有力な候補のはずだ。
 ニューヨーク・メッツとサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーし、ジャイアンツ時代には4番を任されたこともあれば、ワールドシリーズにも出場し優勝している。日本人の野手では、ずば抜けたキャリアを持っているのだ。その意味では、台頭してきたメジャーリーグ出身監督のリストの中に、十分に名を連ねる存在ではある。ただ、私の中ですっかりこの人が抜け落ちていたのは、指導者として野球界に戻る気はないのだろうと勝手に決めつけていたからだ。

 10年以上インドネシアのバリ島で暮らし、アートやモトクロスなどに挑戦しているということは聞いていた。そうした日々を綴った自伝的な著書も読んだ。12球団合同トライアウトに挑戦して、現役復帰を目指したことも大きなニュースになったが、それも芸能活動やタレントとしての話題作りも狙ってのことだと理解していた。事実、それからはバラエティー番組などで彼の顔を見る機会も多くなった。

 ところが、バリ島で呼ばれていた「ビッグボス」の名を前面に押し出して監督に就任するとは夢にも思わなかった。
 正直、そのインパクトが凄すぎて言葉がなかった。
 日本ハムには「その手があったか!」と恐れ入ってしまった。

 反省を込めて振り返れば、先のコラムで完全に抜け落ちていた視点は、メジャーリーグ経験監督の話題性や人気という点だった。野球をエンターテイメントとして捉えたならば、本場の演出や雰囲気を知っている人ともいえる。監督だってお客さんを喜ばす大事なコンテンツだ。その視点がまったく欠落していた。

 「新庄剛志」という選択は、それ(人気)をもっとも重要視した、あるいは特化したキャスティングだと言えよう。「ビッグボス」の年俸は1億円だと報じられているが、あの就任会見の注目度(報道)だけでも、経済効果は105億円に上ると言う。日本ハムは、すぐさま元を取っている。
 すさまじい人気だ。
 そしてビッグボスは、そうした注目に応える発言やファッションで日本中の話題を一気にかっさらっていった(笑)。
 勝ち負けで言えば、完全な勝利だ。

 「優勝なんか目指しません」
 就任会見で、こう言い切った監督が過去にいる訳がない(笑)。
 もちろんこれは、周到に用意されたレトリック(表現)だ。
 地味な努力を積み重ね、1試合、1試合戦って、9月になって優勝が狙えるようならスイッチを入れると言うのだ。それが「優勝なんか目指しません」という爆弾発言になる。まさにメジャー級のインパクトだ。

 佳境を迎えているCSでさえ、ビッグボスの登場に喰われるほどだ。
 サッカーJリーグでは、フロンターレ川崎が2年連続4度目の優勝を飾ってもビッグボスの衝撃度は負けていない。その意味では、野球界にとっても大変な救世主だ。
 このキャスティングを敢行した日本ハムにも賛辞を贈ろう。
 凄い感性と抜群のビジネス感覚としか言いようがない。
 ビッグボスは、単なる異邦人なのか?それとも偉大なる改革者なのか?
 その結論は、これからのチームマネジメントと野球次第だ。
 しばらくは、新庄劇場から目が離せなくなってしまった(笑)。
 ※ビッグボスについては、これから何度も書くことになると思います。

青島 健太 Aoshima Kenta

昭和33年4月7日生/新潟県新潟市出身
慶応大学野球部→東芝野球部→ヤクルトスワローズ入団(昭和60年)
同年5月11日の阪神戦にてプロ野球史上20人目となる公式戦初打席初ホームランを放つ。
5年間のプロ野球生活引退後、オーストラリアで日本語教師を経験。帰国後スポーツをする喜びやスポーツの素晴らしさを伝えるべくスポーツライタ―の道を歩む。
オリンピックではリレハンメル、アトランタ、長野、シドニー、ソルトレークシティー、アテナで、サッカーW杯ではアメリカ、フランス、日韓共催大会でキャスターを務める。
現在はあらゆるメディアを通して、スポーツの醍醐味を伝えている。

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