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Vol.52
子どもの心は、どう守れるのか メンタルトレーナー的視点から

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    ■まだまだ多い「子どもの気持ち」をわかっていない大人

     アマチュア野球の現場を取材していると、大人が子どもにかける言葉の多さに、ふと考え込むことがある。グラウンドで、ベンチで、試合の帰り道で。励まし、助言、ときには叱責。そのどれもが子どもを思ってのものだと分かってはいるのだけれど、本当にいまそれは必要なのだろうか、と立ち止まりたくなる場面が、正直に言って少なくない。

     先日、あるメンタルトレーナーの話を取材で聞く機会があった。プロからアマチュアまで、競技の世界で戦う選手の心を支えてきた人だ。印象に残ったのは、声をかけるかどうかの出発点だった。「いま、子どもが声をかけてほしいと思っているか」。まずそこを見極めるのだ、と。

     言われてみれば当たり前のようでいて、これがなかなか難しい。子どもが怒っていたり、落ち込んでいたりして、感情が大きく動いているとき、言葉はほとんど入っていかない。むしろ火に油を注ぐことになりかねない。そういうときにできるのは、そばにいること、あるいはそっと距離を置くこと。子どもが八つ当たりできる、安全な相手でいること。励ましや助言は、気持ちが落ち着いてからでいいのだという。

     子どもが、指導者やチームメイトの言葉に傷ついて帰ってきたとき、どうするか。まず「いまどういう気持ち?」と、感情を本人の言葉にさせて受け止める。そのうえで、事実と評価を分ける。親が代わりに相手を責めてしまわない。起きた事実は事実として置いておき、こちらのジャッジを足さない。指摘に一理あるのなら、正解を授けるのではなく、「結局、何が言いたかったんだろうね」と一緒に考えてみる。子ども自身が「こうすればよかったのか」と気づくところまで、急がず付き合う。一方で、人格を否定するような言葉が混じっていたなら、はっきり「それは違うよ」と訂正し、親の知るその子の良さを確かめ直す。

     厳しい言い方をする指導者がいるチームでは、先回りも効くという。「あの監督は、ああいう口調で怒る人だから」と、あらかじめ子どもに伝えておくのだ。理不尽に聞こえる言葉も、来ると分かっていれば、不意打ちで心をえぐられることは少なくなる。口調そのものは、子どもにも親にもすぐには変えられない。だとしたら、せめて「そういう人なのだ」と先に知っておく。それだけでも、受け取る側のメンタルはずいぶん守られる。大事なことは一緒になって、「あの監督(コーチ)はおかしい」と言わないことだそう。そうするとうまくいくものもいかなくなる。

     そもそも子どもが自分から話してきたときも、求めているのは助言ではなく、ただ聴いてほしい、ということのほうが多いらしい。結論を急がず、ふんふんと受け止める。日々の「今日どうだった?」という軽い問いかけも、それ自体は悪くない。ただ、話したくなさそうなら、無理に掘り下げず、時間を置いてまた聞けばいい。風呂上がりや食事のあと、気分がほぐれた頃にさらりと、くらいでちょうどいい。問い詰めるような口調になると、かえって子どもは口を閉ざす。親の温度はそのまま伝わるから、過度に構えず、自然体でいたい。

     聞きながら、自分にも思い当たることがあった。子どもにかける前向きな言葉ですら、よく考えれば、親自身の不安を解消するためのものになっていないか。「頑張ってね」のひと言に、こちらの緊張を勝手に乗せてしまっていないか。試合の重さを、子ども以上に大人が山に仕立てあげてはいないか。

     「見守る」という言葉の見え方も、少し変わった。見守るとは、ただ放っておくことではない。子どもの成長のために、必要以上に先回りしないことなのだという。親が先に動いて問題を片づけてしまうと、子どもが自分で気づき、助けを求め、対処する——その機会そのものが減っていく。忘れ物や準備不足のような小さな失敗は、本来、自立のための大事な学びのはずなのに。学童野球では手厚く支えられていた子が、自立を求められる中学以降でつまずきやすい、という実感も語られていた。

     もちろん、すべてを見守ればいいわけではない。熱中症の危険があるとき、水分が取もれていないとき——命や健康に関わる場面では、大人がためらわず踏み込むべきだ。小さな失敗は経験させ、重大なリスクにはすぐ対応する。その線引きだけは、しっかり持っておきたい。

     子どもの心を守るとは、絶妙なタイミングで正しい言葉をかけることではないのかもしれない。むしろ、口を出したくなる自分にまず気づくこと。その気持ちを否定はしないけれど、ひと呼吸おいて、あえて言わないという選択を重ねること。大人が自分の心を整え、子どもが自分で感情を扱う時間を、奪わずに待つこと。

     プレーして、失敗して、成功するのは、あくまで子どもだ。その当たり前を、私たち大人はつい忘れる。よけいなひと言を、ときには手放してみる。子どもを守るというのは、案外そういう静かな引き算なのだと思う。うまく言葉をかけられた日より、言いたいことを飲み込めた日のほうが、後からじわりと効いてくる気がしている。

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